TOP2011年05月住民が語る栄村の教訓(15) 村診療所長・佐々木公一さん

<立ち直るため展望示して>

 3月12日未明の地震発生時は、妻の悲鳴で目が覚めた。森区にある宿舎から150メートルほど離れた診療所へ歩いていった。電気がつかないので往診かばんを持ち、ポケットに入るだけの医療器具を詰め込んで近くの役場に移動した。午前5時から、懐中電灯の明かりを頼りにけが人の傷の縫合などに取り掛かった。

 一段落して診療所に戻り、余震が続く中、散乱したカルテを整理した。持病の薬を持たずに避難所に避難した人が多かったが、幸い、薬の棚は倒れていなかった。午後から薬を求める人が大勢来て、カルテを見て薬を出した。停電しているので、暗くなる前に薬を選ばなければならず焦った。

 地震翌日は7カ所の避難所を回った。14日から午前中は診療所で外来に対応し、午後は避難所を回った。医師は私1人。初日の外来は100人を超え、15日も約50人を診察した。

 住民は避難所で支給の弁当を食べ、体重が4キロ増えた人もいた。カロリー計算が必要だった。避難所で体重を量ってもよかったと思う。

 5月半ばから「体がだるい」「足腰が痛い」と訴える高齢者が目立ち始めた。東日本大震災の被災地でも問題になっている生活不活発病だ。住民の多くは避難所で10日間から2週間ほど上げ膳据え膳で過ごしており、体を動かさないので筋肉が落ちる。

 さらに、帰宅して仏壇などがひっくり返っているのを見てショックを受けると、現実逃避のために無意識に理由になる痛みなどを探してしまう。生活不活発病はこうした状況が積み重なって生じる。

 投薬では治せない。心理療法士が10分や20分話を聞いたところで良くならない。本人が立ち直るしかない。そのために必要なのが生活の展望だと思う。村が地域の将来展望を示すことが大事だ。その際は高齢者の声に耳を傾け、参考にする姿勢が必要だ。

 新潟県から栄村に赴任して2年余り。ここはお年寄りの笑顔と人情、風情がいい所だ。食べ物は質素だが、生活には昔から積み上げてきた重みがある。何でこの村に地震がきたのかと思う。(東圭吾)

(おわり)

2011年5月31日掲載

災害用掲示板(安否確認)