TOP2011年05月住民が語る栄村の教訓(13) 駅前で食堂再開・広瀬四郎さん

 地震の10分ほど前にトイレに起き、眠れなくてテレビを見ていた。下からどーんと衝撃があり、がたがたと揺れた。部屋の戸を開けて、柱につかまった。たんすから何からいろんな物が倒れてきた。寝ていたら下敷きになっていたと思う。

 妻と、泊まりに来ていた長男がいたが、3人ともけがはなかった。避難しないといけない。近くの村役場に歩いて向かった。そのまま避難所暮らしが始まった。

 森宮野原駅前で食堂を経営してちょうど50年。一時帰宅した際に、裏庭に積んであった高さ約3メートルの雪の山の一部が建物の壁にめり込み、中の大きな冷蔵庫が1メートルほど動いているのを見つけた。店内は割れた食器が散乱し、足の踏み場もない。ビール瓶が割れ、床はべたべたしていた。

 避難指示が解除されて12日ぶりに自宅に戻り、きょうだいや親戚が大勢来て片付けてくれた。割れた食器は肥料袋20枚以上になった。鉄骨2階建ての店舗兼自宅は一部損壊の判定。冷蔵庫を元の場所に戻し、スイッチを入れたら動いた。大型テレビは角が欠けたがちゃんと映った。

 避難所ではこれからのことを考えていた。年も年だ。修理に費用がかかるなら、店を閉めてしまおうかと思った。だが、周りからは「食堂が再開すれば助かる」と言ってもらった。やってやれないことはないのではないか。地震から約40日たった4月21日に店を再開させた。地震前より大勢のお客さんが来てくれた。

 駅前の商店街は、生鮮食料品店、文房具や雑貨を扱う店、衣料品店、電器店、薬局などさまざまな店がある。近くの診療所を訪れるお年寄りが、一通りの買い物ができるのが自慢だった。大きな被害を受けた店もあり、建物や設備の修理をあきらめて閉める人もいる。

 地震で家が壊れ、施設に入ったり、村外の親類宅に移ったりするお年寄りも出てくるのではないか。商店主は、村内のお年寄りの暮らしを支えているという思いでいる。行政には、村民が住み慣れた場所で暮らし続けられるような住宅施策を展開してほしい。

2011年5月29日掲載

災害用掲示板(安否確認)