TOP2014年03月人の温かさ身に染みた 飯田に避難、福島の夫婦

 東日本大震災から3年を迎えた11日、県内でも多くの人たちが犠牲者を悼み、祈りをささげた。地震や津波、東京電力福島第1原発事故で被災し、県内に避難している人たちの間には、地域の支えへの感謝と、望郷の思いが入り交じる。遠く離れた土地から被災地の復興の姿にも思いをはせた。

 福島県南相馬市から飯田市白山町に避難している松本一彦さん(69)、喜美子さん(64)夫妻は11日、同市今宮町の今宮郊戸(ごうど)八幡宮で開かれた「復興祈願祭」に氏子総代ら約40人と参列した。避難先の人たちに支えられてきた3年間を振り返りながら、集まった人たちと復興を願った。

 神事に続き、横笛の演奏が奉納された。笛の音に癒やされたという喜美子さんは「久々に心が軽くなり、震災から離れられた」と感じた。

 大震災による津波と東京電力福島第1原発事故の後、飯田市は南相馬市からの避難者70人余を受け入れた。原発から約22キロの距離に暮らしていた松本さん夫妻を含む避難者たちは、避難先近くにあった同八幡宮の境内の清掃を続けた。これが縁となり復興祈願祭が毎年続けられている。

 松本さん夫妻は「(避難生活が)こんなに長い期間になるとは思わなかった」とし、「飯田の人の温かさ、親切さ」が身に染みたという。地元の人にお茶に誘われ、友人もできた。今も週の半分は境内の清掃を続けている。

 一彦さんは南相馬市の自宅に2、3カ月に一度は戻る。震災で屋根などが壊れた自宅の修理も徐々に進んでおり、除染が本格化すれば「今年中には帰りたい」と話す。ただ、人手不足で病院や商店が十分には機能しておらず、喜美子さんは「帰りたいのはやまやまだけれど...。いつ帰るかは難しい選択」と語った。

 祈願祭の終盤、みんなで唱歌「故郷(ふるさと)」や復興支援ソング「花は咲く」を歌った。喜美子さんは「涙で途中は歌えなかった。でも最後は頑張って歌おうと思った」。花は咲く―の歌詞に南相馬市の自宅庭の光景を重ねていた。

2014年3月12日掲載

災害用掲示板(安否確認)