御嶽山麓で練習の2人たすきリレー 木曽に元気を...力走 塩尻東筑木曽

11月16日(日)

県縦断駅伝でたすきをつなぐ塩尻東筑木曽の樋口祥平選手(左)と青木颯選手=15日午前11時27分、上田市の丸子中継所

 木曽を元気づけたい―。第63回県縦断駅伝初日の15日、噴火した御嶽山(長野・岐阜県境、3067メートル)の麓で練習してきた木曽郡の若手2人が、塩尻東筑木曽チームの一員として出場した。7月には同郡南木曽町で土石流災害も起きた。噴火の影響で思うように練習できない日もあったが、2人は災害に苦しんだ地域住民への思いを胸に、任された区間を力いっぱい走り抜けた。
 「ラストー」。上田市上丸子の中継所に近づいた6区(12・9キロ)の樋口祥平選手(27)=木曽郡木曽町=を、7区(8・6キロ)の青木颯(はやて)選手(18)=同郡木祖村=が励ました。「はやてー」。樋口選手は中継所に飛び込みながら声を出し、茶色のたすきをしっかりつないだ。
 茅野市出身の樋口選手は、4月に県立須坂病院(須坂市)から県立木曽病院(木曽郡木曽町)に異動した整形外科医。須坂上高井チームで出場した前回、前々回に続き、3回目の県縦断駅伝だ。
 御嶽山が噴火した9月27日、同病院のDMAT(ディーマット=災害派遣医療チーム)の一員として活動を始めた。山麓の中心的な病院の木曽病院には、火山灰をかぶった登山者らが次々と訪れた。「被害状況が次第に明らかになり、大変な事が起きたと思った」と言う。
 院内で情報伝達や患者受入先の調整に当たり、治療もした。帰宅したのは翌28日未明で、間もなく病院に戻って早朝から仕事。毎日続けてきた午前5時から2時間ほどの走り込みは、噴火後3日間はできなかった。
 「朝走れば空気はおいしいし、山はきれい。地元の人たちがあいさつをしてくれるし、雰囲気が温かい」と、木曽が気に入っている。それだけに、相次いだ災害で地域が元気をなくすのが気掛かりだった。「元気づける走りがしたい」と本番を迎えた。
 この日は終盤に追い込み、順位を一つ上げて8位で青木選手につないだ。16日も18区を走る。「日付をまたぐ手術できつい時もあったが、練習を重ねてきた。持てる力を出しきりたい」と意気込んだ。
 木曽青峰高校(木曽町)3年の青木選手は今回が初出場。幼い頃はぜんそくに悩んだが、中学でバレーボールと野球に打ち込み、高校の陸上部で走ることにのめり込んだ。
 「ずっと県縦で走りたいと思っていた」と言うが、昨年は選考会で落選。やっと手にした駅伝メンバーの座だった。御嶽山の噴火後2日間、部活動は中止。再開後もしばらくは、降灰対策でマスクを着けてトレーニングしたという。
 「木曽、頑張れ」。東信を走る7区の沿道からは大きな声援が聞こえ、背中を押された。「木曽も前に進もうとしている。自分も走りで示したい」と気持ちを高めた。29分42秒で走り、8位を維持してリレー。「目標の30分を切れたし、たすきをつなげて良かった」と晴れやかな笑顔を浮かべた。
 卒業後は長野市内の専門学校に進む。陸上部はないが、競技は続けるつもりだと青木選手。「今より速くなって来年も県縦を狙いたい」と次の目標を掲げた。