審査員講評

子供らしく、おおらかに

村上 護

 「新春俳句コンクール」の応募作品を楽しく読ませてもらった。小学生には小学生の、中学生には中学生の物の見方が伝えられており、日本の伝統文化の底力を反映するものとして頼もしい。

何と言ってもうれしいのは、俳句という共通の基盤をもって遊ぶことである。四季おりおりに触れて感ずる風物を素直に詠んでいること。さらに大自然の中で培われた心を、おおらかに表現していることだ。あるいは大ざっぱすぎて、感情を「うれしい」とか「かなしい」などとあらわに表出する俳句も少なくなかった。それだけでは何がうれしく、何がかなしいのか相手には分からない。そのあたりを工夫すれば、もっともっとよい俳句になったのに、と残念にも思った。

ことばというのは伝達手段として有効である。それ以上に重要なのは、ことばによって物を見、考えていることだろう。ことばがなければ思考は深まらない。俳句においても同じことで、五七五で物を見、考えれば周囲の自然や人間をよく理解できることもある。肝要なのはよく目を開けて観察し、自分の持てることばで考えること。そして自分が考えたことに新たなことばを与えてやることである。

応募された多くの俳句を読みながら、いろいろ思うことがあった。それはさておき、長野県内の多くの小学校や中学校が俳句で母国語を磨こうと努力していることが分かりうれしかった。俳句は世界一短い詩でありながら、大自然や宇宙の大きさまで詠めるという魔法の箱である。そんなジャンルの文化文芸は日本にしかないと世界中から注目され、今や日本人の何倍もの人が“ハイク”を作っているという。

小学生の最優秀作品は三年生の福沢拓実君。サッカーのシュートを<たつまきだ>と表現するはつらつさに新鮮味がある。中学生は二年生の内堀愛さん。闇に光る<氷柱(つらら)>を白刃と見立てる凄(すご)みを詠む優れた一句だ。

芭蕉が「俳諧は三尺(さんせき)の童(わらべ)にさせよ」と言ったのは有名な言葉。俳句で大切なのは計らいを捨て、純真に物事の核心をつくことである。それこそは子供の特性で、小学生や中学生に美しい日本語を身につけてもらいたいものだ。

村上まもる

【むらかみ・まもる】作家、評論家。
1941年愛媛県生まれ。著書に「放浪の俳人山頭火」「けさの一句」など。
93年から信濃毎日新聞1面に「けさの一句」を連載。

 

審査会から

選外にも良句たくさん。「感じる心」常に持って

 昨年11月下旬に行われた「新春俳句コンクール」の審査会で出された意見をまとめました。

 今回も多くの応募がありましたが、その中で目を引いた作品は、どれも自然に素直に自分の感動を表現していました。難しい言葉は使っていないけれど、読む人に情景が伝わる、という共通点があると思います。

 中でも最優秀賞になった福沢君の迫力、内堀さんの鋭い視線は、作品の中によく表現されていました。小学生の優秀作になった関口君、中学生の優秀作になった田宮さんの句を見てもそうですが、自分の体験がなるべく新鮮なうちに作ることで、いい言葉に出会えることが分かります。

 修学旅行など特別な出来事の時の作品も多くありましたが、入賞作品のほとんどは、ありふれた日常の中での感動を切り取ったものです。これは、俳句の題材になる“感動”は、どこにでもあふれているということです。“感じる心”をいつも持っていれば、大きな体験に出会っても、しっかりと自分の心を表せるようになると思います。

 例えば「夕焼け」に「赤とんぼ」、「あじさい」に「かたつむり」など、最初から頭の中にあるイメージをいったん隅に置くことができれば、感動をもっと的確に俳句の中に表せるはずです。実際の体験をもっと大事にして、自分の心と向き合ってみましょう。

 小中学校ともに、熱心に取り組んでいる学校には素晴らしい作品が多く、選ぶのにとても苦労しました。選外でも良い句がたくさんありますので、これからもがんばって取り組んでほしいと思います。