サンバのリズムに花火が彩りを添えて終演した閉会式=21日、マラカナン競技場

県内次世代に道筋示す 県勢メダリスト3人誕生

201608/23

 リオデジャネイロ五輪は17日間の戦いに幕を下ろした。日本は過去最多41個のメダルを獲得。10選手が出場した県勢も夏季五輪で大躍進となる銅メダル三つを獲得した。県内の次世代のアスリートたちに東京五輪以降に向けて確かな可能性や目標を示した。
 バドミントン女子シングルスの奥原希望(日本ユニシス・大町市仁科台中―大宮東高出)は3位に入り、日本のシングルスで男女通じて初めて表彰台に立った。県出身選手が夏季五輪個人種目で獲得した初のメダル。両膝のけがを乗り越え、世界ランキングトップ10の中で最も小柄な156センチというハンディをものともしない快進撃だった。
 男子50キロ競歩で3位に入り、日本競歩初のメダルを獲得した荒井広宙(ひろおき)=自衛隊・中野実高―福井工大出=は、4年前の五輪選考会の調整失敗を糧に、「継続」をテーマに地道な練習を積み上げて表彰台に立った。
 シンクロナイズドスイミング・チームの箱山愛香(長野シンクロクラブ、栗田病院)は3位に入り、3大会ぶりのメダル獲得に貢献。ロンドン五輪で5位に終わった悔しさをばねに、名将井村雅代監督が課す厳しい練習を乗り越えて念願のメダルを首にかけた。
 五輪の舞台で輝きを放った3選手だが、幼少期や学生時代から順調な歩みだったわけではない。奥原は小学校3年で出場した全国大会で全敗した経験がある。荒井は高校時代は北信越大会にも出場できなかった。箱山は小学6年の時に日本水連の選手発掘、一貫指導プログラム「エリートプロジェクト」のオーディションに合格したが、練習では縄跳びも満足にできないほどだった。
 それでも、奥原は「目的意識を持って一つ一つ決断している。何となく行動したことはない」という高い意識を持って成長。荒井は「自分は並の選手。でも並だからこそ、歩型を固める努力や食事の取り方などいろいろ考えるようになった」と自分の力を冷静に見つめて課題を克服。箱山は拠点を故郷の長野シンクロクラブに戻して恩師の県内指導者に学び、「シンクロが本当に大好き。できない練習があれば、できるまでやる」という向上心でトップ選手に成長した。
 彼らが教えてくれているのは、夢の実現に向け、現実に向き合い努力を積み重ねていく姿勢だ。それこそがさまざまな壁や困難を越える力になる。それは次世代への大きなメッセージとなったはずだ。
 一方、そうした県内選手を支える態勢は充実しているとは言い難い。県教委スポーツ課によると、北信越5県の本年度の競技力向上事業費を比較すると、長野以外の4県が2億円超から4億円超なのに対して長野は約1億2600万円。来年1、2月に県内で開催する第72回国体冬季大会「ながの銀嶺国体」に向け、2年前に比べると約2200万円増額したが、依然として十分とは言えない水準だ。
 県教委は「オリンピアン育成支援事業」で県内出身の中学生から社会人までの指定選手を選定。東京五輪を目指す選手の合宿経費などを支援しているが、県勢が継続的に活躍できる支援、育成体制の拡充も必要だろう。
 他方、カヌー・スラローム男子カヤックシングルの矢沢一輝(善光寺大勧進)は、僧侶と競技者の二足のわらじを両立させて五輪に出場。結果は11位だったが、「普段の生活をしながら、楽しむというのが、本来のスポーツの意味だと思う」と満面の笑みで3度目の五輪を終えた。
 ドーピングや開催費用の増大など多くの問題を抱える五輪。矢沢の言葉は、見失ってはならないスポーツの原点を考えさせる指摘でもあった。