試合前につぶやく奥原希望

奥原、感謝のルーティン 「舞台に立てる」試合前深々一礼 あす夜挑む初戦

201608/11

 この舞台に立てることに感謝して、思い切り楽しもう―。自らに言い聞かせ、深々と一礼し、コートに足を踏み入れる。バドミントン女子シングルスの奥原希望(日本ユニシス・大町市仁科台中―大宮東高出)が試合前に必ず行うルーティン。始めるきっかけとなったのは2度の手術で乗り越えた両膝の大けがだった。
 コート全体をカバーする豊富な運動量を武器に、大会最年少16歳8カ月で全日本総合選手権を制した奥原を悲劇が襲ったのは2013年1月。国際大会の試合中に左膝の半月板を損傷すると、翌年春には右膝の半月板を損傷した。
 リオ五輪出場権を懸けたポイントレースは1年後。手術、リハビリ、実戦復帰のプロセスを考えると「五輪はもう無理」と絶望感に襲われた。
 厳しい現実も突きつけられた。所属先の関係者からは花形のシングルスから混合ダブルスへの転向を勧められた。「ショックだった。もう私はシングルスは駄目ってことなのかな、もうバドミントンの道は厳しいのかな...」
 そんな時、大宮東高時代の後輩だった男子生徒の母親が病院を見舞いに訪れ、励ましてくれた。「すごくうれしかった。自分には応援してくれる人がいる。頑張らないといけない」。気が付けば、家族、後輩、恩師...。どんな状況でも支えてくれる人がいた。
 入院当時の様子について、母の秀子さん(53)は「(希望は)お見舞いに来てくれた人を一生懸命に数えて、『こんなに来てくれたよ』『自分がここまで育ったことは本当はすごいことなんだ』とうれしそうに話していた」と振り返る。
 「自分にできることは、バドミントンで恩返しをすること」。手術を経て復帰した奥原は、けがの回復期間に出会った理学療法士片山卓哉さん(44)の指導を受け、骨盤や股関節の動作など体への負担を減らす効率的な動きを徹底して追求。レベルアップして、一つ一つ勝利を積み上げていった。
 迎えた昨年9月のヨネックス・オープンジャパン。奥原は3年ぶりに立った舞台で、自然と冒頭の言葉を口に出していた。以来、日本勢初制覇した同12月のスーパーシリーズ・ファイナルも、日本勢39年ぶりに優勝した今年3月の全英オープンも、欠かさずつぶやいてきた。
 初の五輪は12日(日本時間同日午後8時)に戦いの幕を開ける。予選は昨年の世界選手権3位のファネトリ(インドネシア)とぶつかる厳しい組み合わせ。6日に本番会場で行った公式練習で軽快な動きを見せた21歳は「(五輪でも)もちろんつぶやきますよ。いつも通りに、支えてくれた、たくさんの人への感謝の気持ちを持って」。