怪しいTV欄

2018.5/20

「南京事件」否定論の根拠に反証

 放送の1年後に産経新聞が批判記事を掲載し、放送した日本テレビがそれに厳重抗議。本欄でも取り上げ、その後も何度かふれたNNNドキュメント「南京事件兵士たちの遺言」。
 2年半を経てその続編が放送されました。番組は、旧陸軍の参謀本部の跡地から大量に見つかった灰や焼けかけた紙が、終戦直後に「焼却された」陸軍の公式記録だったことから語り起こします。昨今の公文書の改竄(かいざん)、隠蔽(いんぺい)を想起させると同時に、公式記録の不在を再確認。

 そして南京事件が一部で否定され続け、「現職の国会議員の中からも異論を唱える声」があり、中国側は「30万人が殺されたと主張」と、現状の確認があり、サブタイトルは「歴史修正を検証せよ」。1次史料と兵士たちの証言から事実を探るという番組の方針が宣言されます。

 前回の「兵士たちの遺言」は、1次史料に集中して検証過程を見せていく番組でした。裏取りを重ねて慎重に、事実を引き寄せようとする。一点一点検証を詰めていって全体の検証にたどりつく手法には、推理もののようなスリルもあって面白く、以降のドキュメンタリーや取材番組の作り方に影響を与えたほど。検証の積み上げは「虐殺行為はなかった」とする声への反論としても有効にみえました。

 しかし、番組への反論は少なからずあり、虐殺を否定する声はむしろ高まってしまってさえいる。一方で、1次史料は増えるはずがなく、証言者もほぼ亡くなってしまった。

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 では、どうするか。

 番組は、前回の放送をなぞりつつ、捕虜の銃殺の様子などをより具体的に検証した後、虐殺を否定する人々の根拠を細かく検証する方法をとりました。

 否定論者の代表的な根拠は二つ。まず、民間人の服で変装した兵士「便衣兵」が「武器を隠し持っていたから射殺」したとするもの。これは武装解除した捕虜の武器を積み上げて燃やした、射殺は収容から数日後だった、という証言で反証。

 もう一つは、捕虜を「船に乗せて解放しようとした時、対岸から銃声が聞こえ捕虜が暴動を起こしたため、やむを得ず自衛のため発砲した」というもの。この「自衛発砲」説はネットを中心に広がっています。そのルーツをさかのぼると、初出は1964年に出版された「郷土部隊戦記」と判明。

 この本は南京攻略戦に参加した歩兵第65連隊の地元である福島県の地方紙の連載から書籍化。大佐である両角業作連隊長が、戦後に語った内容を記者がまとめたものです。しかし、大佐直属の部下である大隊長を護衛していた兵士の日記などと照らし合わせると、連隊長は現場にはいなかったことがわかる。元兵士は記事を読んで「解放しようなんて、船もなしに」とあきれ、「偉い人はぬくぬく言うなと思いました」とも。

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 そしてこの連載を書いた記者本人に迫ると、「軍からは殺せという命令が来ていたよう」と振り返り、虐殺は「あったと思いますよ」。自衛発砲説の確証は消えました。

 中国側が主張する「30万人が虐殺された」についても、1次史料とその検証を積み上げ、南京事件の全貌を知ることができる日がくればよいのですが。