プロローグ

 長机の上のケーキにろうそくがともる。照明を落とした暗がりの中、男女7人の笑顔が浮かび上がった。
 今月21日の夜、上田市ふれあい福祉センターの一室。今年、NHK大河ドラマ「真田丸」の舞台となり、にぎわい続けた街なかとは違う時間が流れていた。
 週1回、ギャンブル依存症の人が集まるミーティング。この日はクリスマス会を兼ね、家族やアルコール依存症の人らも招いた。
 参加者の1人が手作りしてきたケーキを味わう輪の中に50代の夫婦がいた。
 18年前、妻は夫が隠れて借金を重ね、パチンコを繰り返していると知った。問い詰めると、消費者金融などへの負債が500万円以上あった。
 「もうやめて」。どれだけ言っても聞いてくれず、借金はやがて数千万円に膨らんだ。
 夫がパチンコにはまったのは、5万円が10万円になるといったちょっとした体験がきっかけだ。負けが込んでも「次は取り返せる」と信じ込み借金を重ねた。新築した自宅も手放すことになった。
 夫婦げんかが絶えなくなり、妻は心のバランスを崩した。子どもは家に寄り付かなくなった。
 夫は妻が探してきた医療機関で依存症と診断された。精神科医から回復に取り組むグループを紹介され、同じ境遇の人に出会った。他人の体験を聞き、自分も話し、内面を見つめ直した。
 今はパチンコをやっていない。妻も依存症の人の家族会で仲間を見つけ、心の自由を取り戻した。
 いつか逆戻りしないか―。夫婦には今も不安がある。
 それでも「きょうのような日が迎えられることは奇跡」。妻はそう思った。
 「息子が賭け事をやめなくて」「妻には酒で迷惑を掛けた」…。クリスマス会の参加者たちはそれぞれに悩みを口にした。
 会の最後。7人は手をつなぎ、輪になって、祈るように言葉を唱えた。
 自分に変えられないものを受け入れ、変えられるものは変えていく勇気を―。
 結びあい、みんなで言葉に出す。それが次の1週間を生きる支えになっている。

 「依存症」。ギャンブルに限らず、薬物の摂取や飲酒などがやめられなくなる病気だ。繰り返し受ける「快楽」によって脳のブレーキが壊れ、自分の意思では行動を制御できない状態―。
 医学的には、そう説明される。
 今月15日、カジノ解禁に道を開く統合型リゾート施設(IR)整備推進法が成立した。「ギャンブル依存症の対策が不十分だ」といった声を押しきり、国会では賛成が多数を占めた。
 厚生労働省によると、国内でギャンブル依存症が疑われる人は536万人いるという。だがこの数字も、3年前の簡単なアンケートを基にした推計だ。同省はカジノ法成立を受け、ようやく詳細な面接調査に着手した。
 「だらしがない人間」「意志が弱いから」―。依存症が「個人の問題」として片付けられがちな日本では、対策は後手に回っている。周囲に打ち明けられない人、自身が依存症だと気付かない人は少なくない。数字の向こうにある実態は、見えない。

 神奈川県立精神医療センター専門医療部長の小林桜児さん(46)。信州大医学部(松本市)を卒業後、薬物依存症からの回復プログラム開発に長年携わってきた。
 接する依存症患者たちは、多くが苦しさや本音にふたをして生きてきた。他人を信じたり、頼ったりできずに次第に孤立し、隙間を埋めるように「物」がもたらす充足にすがるようになっている。
 薬物、アルコール、ギャンブル、インターネットのオンラインゲーム…。欲望を満たす対象は次々に現れ、お金さえあれば大抵のものが手に入る。
 日々、患者たちと向き合ううち、小林さんは「脳の病気という点だけに目を向けても、問題は解決しないのではないか」と考えるようになった。
 依存症社会への処方箋を見いだしたい。そのためにはまず、私たち誰もが依存症と隣り合わせに生きていることを知る必要がある。

 年明けからの連載の第1部では、ネットに居場所を求め、のめり込んでいった人たちの姿を追う。

信濃毎日新聞2016年12月31日掲載


 カジノ法案の国会審議を巡り、論議となった「依存症」。ギャンブルだけでなく、アルコールや薬物などに依存し、生活が破綻してしまう事例が後を絶ちません。インターネットにのめり込む「ネット依存」など、新たな依存症への懸念も広がっています。依存症は、不安や孤独が広がる現代社会のありようとも無関係ではないと指摘されます。依存症とは何か。私たちはどう向き合っていけばいいのか。信濃毎日新聞は、朝刊社会面に長期連載中のルポ「つながりなおす 依存症社会」を軸に考えていきます。

第1部「ネットに吸い込まれ」

  1. 1  高校卒業に6年 大輝さん/夜通しゲーム 遠のく学校2017年1月3日
  2. 2  ゲームにはまり不登校/つかめぬ心 戸惑う教員1月4日
  3. 3  「事件」機にゲーム離れる/新たな生活「また」の怖さも1月5日
  4. 4  両親との約束破った高2/「俺はネット依存だ」1月6日
  5. 5  カウンセラーと親子で面談/見えてきた心の奥底1月7日
  6. 6  バイト経験 気付いた現実/復学 揺らぐ思い抱えて1月8日
  7. 7  試行錯誤する医療機関/広がるネット環境 危機感1月9日

第2部「らせんの苦しみ」

気晴らしや、ちょっとした好奇心から、何かにのめり込み、やめられなくなってもがく。
周囲から孤立し、それがさらに症状を深め、やがて社会生活にゆがみが生じていく―。
薬物やギャンブル、飲酒と対象物は異なっても、陥る構図は同じだ。
第2部は、依存症が当事者や周囲に何をもたらしたのかを見つめる。

  1. 1  あの時の強烈な記憶/元歌のお兄さん 再起の舞台1月22日
  2. 2  覚醒剤使用、警察官が自宅に/「これでやめられる…」1月23日
  3. 3  回復目指して共同生活/母の訃報に罪悪感募る1月24日
  4. 4  厳しい視線感じながら/舞台までの曲折 心に刻む1月25日
  5. 5  元受刑者「やめられるわけがない」/仲間の共感が転機に1月26日
  6. 6  「自分はくず」高校生に語り掛け/薬物使う「根っこ」伝える1月27日
  7. 7  27歳 薬科大卒業後も手放せず/酒でざわつき紛らわせ1月28日
  8. 8  ブログにつづる正直な思い/飲酒の欲求に向き合う1月29日
  9. 9  50代男性 会社の金まで流用/パチンコ 借金重ねても1月30日
  10. 10 自助グループ 仲間との出会い/自分の弱さ認めて再起1月31日
  11. 11 中野の危険ドラッグ事故/息子の命 なぜ奪われた2月1日

第3部「家族ゆえ」

依存症は多くの場合、家族を巻き込む病でもある。
「身内がしっかりしていないから」といった周囲の視線や、
「相談するのは恥ずかしい」「私が何とかしなければいけない」といった思い込みが時に家族を孤立させ、
依存症を悪化させる結果すら招く。
第3部は家族の視点から依存症の実態を追う。

  1. 1  消えない不信感/「ご主人を逮捕しました」2月23日
  2. 2  知られたくない夫の逮捕/苦しさ誰にも言えない2月24日
  3. 3  夫が急変 アルコール依存症に/「家族のため」別居決意2月25日
  4. 4  周囲の無理解に苦しみ/夫の死にやりきれなさ2月26日
  5. 5  断とうともがく父からの「連鎖」/憎んだ酒 なぜ自分も…2月28日
  6. 6  家族会に携わる男性/苦悩吐露 和らいだ孤独3月2日
  7. 7  弟の回復支えるために/もう一度向き合いたい3月3日
  8. 8  「共依存」に気づいた女性/「息子には自分が必要」3月4日
  9. 9  突き放す母の苦しみ/回復の道 歩むこと信じて3月5日
  10. 10 離れて暮らし向き合う/息子と母 再起の途上に3月6日

第4部「医療に何ができるか」

依存症を完治させたり、劇的に回復させたりする薬や治療法は見つかっていない。
しかし、当事者や家族の回復に向け、医療の関与は欠かせない。
第4部は、依存症という病に向き合う医師や臨床心理士らの模索を伝える。

  1. 1  駒ケ根の模索/よく来てくれましたね3月30日
  2. 2  回復プログラムで寄り添う/自分への気付きが第一歩3月31日
  3. 3  回復のチャンス信じて/断酒失敗しても責めずに4月1日
  4. 4  回復への本番は退院後/患者交え不安取り除く4月2日
  5. 5  精神科と連携する内科医/体の治療では解決しない4月6日
  6. 6  カジノ解禁 足元の現実/ギャンブル 乏しい対策4月7日
  7. 7  成育歴から見えた「信頼障害」/「物にしか頼れない病」4月8日
  8. 8  我慢しすぎる「過剰適応」/「本音を伝える」練習重ね4月9日
  9. 9  飲酒欲求抑えるとされる新薬/人間関係づくりも必要4月11日
  10. 10 ギャンブル依存解明への道/脳画像から「答え」探る4月12日

第5部「地域で支える」

依存症の回復に至る長い道のりを、家族だけで寄り添うことは困難だ。
早い段階から当事者を見つめ、理解し、励ますグループや個人の存在が不可欠になる。
第5部は、回復を支えるために必要な地域の関わりを考える。

  1. 1  池田のグループ 励まし合って/みんな待ってくれていた4月24日
  2. 2  長野ダルク 一般社団法人化/安定した支援への一歩4月25日
  3. 3  都内通所施設の「離れた机」/「生きづらさ」にも目を4月26日
  4. 4  スマホ預け野外キャンプ/ネット以外の新たな世界へ4月27日
  5. 5  ギャンブル依存 借金返済も支援/「自分の力で」社会復帰へ4月28日
  6. 6  自助グループ参加にも配慮/社員の回復を見守る社長4月29日
  7. 7  保健師にできること問い続け/窓口・橋渡し役 私たちが4月30日

第6部「変わるか、業界」

物やサービスがあふれ、時に病的な依存を生み出してきた私たちの社会。
「依存症は自己責任」との認識がまかり通ってきたが、問題の広がりや重さを前に、業界の姿勢も問われ始めている。
第6部は、依存症に向き合う業界の責任を考える。

  1. 1  20兆円産業 パチンコ/提供側の論理 省みる機運5月22日
  2. 2  「のめり込み」防止プログラム/取り組み「効果これから」5月23日
  3. 3  団体重鎮と家族の会代表会談/当事者の声 変革への一歩5月25日
  4. 4  ビールCM 刺激配慮し自主基準/苦しむ人への想像力必要5月27日
  5. 5  酒に寛容な風潮根強く/社会もリスクの認識を5月28日
  6. 6  ゲーム「はまらせる技術」追求/やり過ぎ対策 事業者任せ5月29日
  7. 7  学校に講師派遣始めたLINE/ネットの問題点 自ら発信5月30日

第7部「罪に終わらせず」

薬物による深刻な犯罪や重大な飲酒運転事故が起きるたび、厳罰化を求める声は強まる。
一方で、刑事裁判や懲役刑といった現在の仕組みでは、依存症による犯罪の再発防止には不十分との指摘がある。
第7部は、司法が依存症の問題にどう向き合っていくかを考える。

  1. 1  常連の放火 陰に「病的賭博」/弁護人引きずる思い6月6日
  2. 2  摘発の先へ 福岡の試み/飲酒運転撲滅 治療こそ6月7日
  3. 3  薬物捜査 いたちごっこ/簡単入手 再犯防止難しく6月8日
  4. 4  刑務所で回復プログラム/薬物断つ最初の一歩に6月9日
  5. 5  薬物使用 刑の一部執行猶予/更生支える態勢に課題6月11日
  6. 6  「治療優先」新たな発想投げ掛け/「ダメ。ゼッタイ。」を超えて6月13日
  7. 7  裁判後も弁護士らの団体が支援/回復につなげる司法に6月14日

第8部「小さくても一歩」

同じ境遇の仲間や医療機関、周囲の人たちなどと新たなつながりを築くことで、依存症からの回復に踏み出した人たちがいる。
最終の第8部は、社会が依存症と向き合うことの意味を考える。

  1. 1  元歌のお兄さん「誕生日」/「歌ってほしい」 声に救われ6月22日
  2. 2  自助グループの仲間3人/女性同士の支え 救いに6月23日
  3. 3  ギャンブル依存症克服へ受診/夫婦で治療に向き合う6月24日
  4. 4  断酒しながら働き続ける喜び/職場で公言 理解が支えに6月25日
  5. 5  ネットと付き合う 佐久の試み/使い方は生徒が決める6月26日
  6. 6  酒浸りだった父を見守る/壊れかけた親子 絆再び6月27日

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