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| 活断層 地震エネルギー蓄積 |
プレートのぶつかり合いの影響は、トラフ付近での巨大地震だけでなく、数百キロ離れた内陸部にも及んでいる。長野県内の地盤も主として東西方向の圧力を受け、たまったエネルギーを解消するために時折、内陸直下型の大地震が発生してきた。 地震の震源となるのが活断層で、将来も地震が起きる可能性がある。県内では、多くの活断層が知られている。中でも「糸魚川―静岡構造線断層帯」「長野盆地西縁断層帯」「伊那谷断層帯」は活発で、その活動によって各盆地をつくってきたといわれている。 |
| (2001年6月6日掲載特集) |
| 糸魚川―静岡構造線〜松本付近、活動に注目 |
「糸魚川―静岡構造線断層帯」は、大北地方から松本、諏訪を通り、山梨県に至る。県内で最も活動的な活断層で、地質構造上の境界であるとともに、陸側のプレート内の境界ではないかとの見方もある。 同断層帯では、地表付近の断層を掘り出すトレンチ(溝)調査が各地で行われている。その結果、地震が起きる間隔は、大北―松本盆地(神城断層、松本盆地東縁断層)が約二千年、松本市付近(牛伏寺断層)が約千年、岡谷市―山梨県境付近(岡谷断層群、諏訪断層群、釜無山断層群)が三千―五千年と判明した。だが、それより南側(白州断層など)は明らかになっていない。 さらに、最後に大地震が起きたのは約千二百年前とみられることも分かった。しかも、いずれの調査地点でもこの時の活動の跡が見つかったことから、この地震は、北安曇郡白馬村から山梨県小淵沢町にかけての約百キロが動き、マグニチ ュード(M)8程度だったと考えられている。古文書に、美濃・飛騨・信濃で七六二年に大きな地震があったと記されており、この地震に当たる可能性が指摘されている。と同時に、別の問題点が浮かび上がった。活動間隔が約千年間の松本付近で、千二百年間も大地震が発生していないとすれば、いつ大地震が起きてもおかしくないということだ。 このため、政府の地震調査研究推進本部は一九九六年、牛伏寺断層を含む区間で、今後数百年以内にM8程度の大地震が起きる可能性が高いと発表。同本部地震調査委員会の強震動評価部会は先月、県内部分で地震が起きた場合、松本市は最大で震度7になるなどの評価結果を公表した。しかし、どこまでの区間が動いて地震を発生させるのかは不明だ。 |
| 【写真説明】中山丘陵(手前)と松本市街地。 中山丘陵の左側を牛伏寺断層が走る |
| 伊那谷断層帯〜天竜川に平行―2列に走る |
「伊那谷断層帯」は、天竜川に平行して二列に並んでいる。一つは盆地中央部にあり、もう一つは中央アルプスの山ろくを走る。かつては天竜川がつくりだした河岸段丘と考えられていたが、地元の研究者の調査などで活断層と分かった。 二列のうち中央アルプス山ろくの活断層の方が活動的とみられている。上伊那郡飯島町で行われたトレンチ調査の結果、過去一万年間に二回活動したことが分かった。 一方、盆地中央部を走る断層を伊那市内でトレンチ調査したところ、過去一万年間に活動した形跡が見つからなかった。しかし要注意の断層であることに変わりはない。 |
| 長野盆地西縁断層帯〜分析950年ごと |
長野市から飯山市にかけての「長野盆地西縁断層帯」も活動的な活断層だ。一八四七年に起きた「善光寺地震」(M7・4)はこの断層が震源だ。ちょうど善光寺の御開帳期間中で、全国から多くの参拝者が集まっており、建物の下敷きになって亡くなるなど大きな被害が出た。 ここでも、トレンチ調査が行われ、活動間隔が明らかになっている。飯山市内での調査で、善光寺地震のような大きな地震がほぼ九百五十年ごとに起きているとの分析結果が出た。ただ、この断層帯が信濃川に沿って新潟県まで延びていることから、断層帯全体が要注意と考えられている。 |
| 過去の地震〜海洋型でも県内に被害 |
| <年表:長野県に被害を及ぼした主な地震> |
過去に長野県内に被害を及ぼした地震は、内陸を震源とする直下型地震と、相模トラフや駿河トラフ―南海トラフのプレート境界で発生した海洋型地震の二つに分けられる。 内陸直下型地震として有名なのが、一八四七年に起きた善光寺地震(M7・4)。断層運動によって長野市付近から飯山市まで地表にずれが生じ、各地で大きな被害があった。家屋倒壊や山崩れのほか、松代領で二千六百九十五人、飯山領で五百八十六人、善光寺領で二千四百八十六人の死者が出た。さらに、長野市信更町で発生した山崩れが犀川をせき止め、約二十日後に決壊した。 一九八四年に起きた長野県西部地震(M6・8)では、死者行方不明者二十九人などの被害があった。そのほとんどは地震に伴う御岳山の斜面崩壊と土石流によるもので、地表に断層のずれは現れなかったが、地下に隠れた断層による地震と考えられている。 歴史資料で知られる地震もある。一七一八年に遠山谷で地震(M7)があり、家屋倒壊や山崩れなどがあった。また、一七九一年に松本市付近で起きたM6クラスの地震では、松本城の塀が崩れるなどの被害が出た。 海洋型の地震としては、一七〇七年の宝永地震(M8・4)、一八五四年の安政東海地震(M8・4)、一九二三年の関東大地震(M7・9)、一九四四年の東南海地震(M7・9)などが大きな被害を出した。 安政東海地震では、松本や松代藩で、死者や家屋倒壊・焼失などの被害が発生。関東大地震や東南海地震、南海地震(一九四六年、M8・0)でも、家屋倒壊などの被害が出ている。 特に東南海地震では、伊那谷が震度4だったのに対し、地盤が悪い諏訪では、震源に近い御前崎などと同じ震度6を記録。百戸以上の建物が全半壊したことが体験者の聞き取り調査などから分かっている。 |
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