露天風呂は旧国鉄時代の「一駅一名物」構想で建設案が浮上。市観光協会や温泉旅館組合などでつくる「露天風呂をつくる会」が建設費を集め、一九八六(昭和六十一)年、総工費約七百五十万円で完成した。
男湯、女湯のそれぞれに約二・五平方メートルの浴槽があり、一日に三十―四十人ほど、夏山シーズンなどはその倍が利用した。四月下旬に改修準備のため閉鎖された。
(2002年5月11日 信濃毎日新聞掲載)