「田中新県政」

田中知事の365日


10月18日(木) 掲載 

殴り込みをかけに来たわけでない

 ◇2000年

 10月15日 知事選当選インタビュー。「眠っていた県民の活力を引き出す触媒になりたい」

  26日 初登庁。部局長会議で「これまでの県政が悪かったと言っているつもりはない。県庁に殴り込みをかけに来たわけでもない」

 11月2日 県農協大会で、県経済連と全国農業協同組合連合会の統合に反対を表明

  16日 松本市で開いた車座集会で、県内公立高校の12通学区制について「廃止し、どこでも希望するところに行けるようにすべきだ」

浅川ダム続行は禍根残す

  22日 浅川ダム計画の一時中止を表明。「賛否が割れている中で、事業を続行することは地域に禍根を残す」

 12月8日 初の県議会で所信表明。「行政とは220万県民の命を守り、真の県民益をもたらすべく継ぎ目のないサービスを提供する機関との哲学に基づき、県民の皆さまと同じ目線で接し、しなやかな施策を速やかに実行に移す」

  12日 県会代表質問。石田治一郎・県政会団長(現議長)が「この1カ月半の知事のやり方は独断専行で、議会軽視も甚だしい」と批判。知事は答弁で「行政経験が幾分、未熟であったため、皆さまとの対話のあり方に至らぬ点があったことは素直に反省する」

北朝鮮にでも行けば

 ◇2001年

 1月4日 仕事始め。「私たちがやっていくことは民主主義を壊すことではなく、民主主義のリハビリテーションだ」

  6日 欧州旅行に出発。「必要な指示は出しており、携帯電話などですぐに連絡をとれる状況にあるので、支障はない」

 2月20日 「脱ダム」宣言。「日本の背骨に位置し、あまたの水源を擁する長野県においては出来得る限り、コンクリートのダムを造るべきではない」

  22日 「あの人は独裁そのもの。まさにヒトラーの再来」と県政会・下崎保団長。これに対し「私はドイツよりイタリアが好きなので、ムッソリーニと言ってもらえれば…」

 3月6日 光家康夫土木部長を事実上の更迭へ

  19日 2月県会で予算案修正、県治水・利水ダム等検討委員会条例案が可決。「県民が選んだ議会の議決は受け止める。下諏訪ダムについてはダムによらない治水・利水が可能であると繰り返し申し上げているし、今回の条例も尊重する」

  23日 杉原佳尭特別秘書が辞職願。「私と杉原さんの県民益に対する考え方に相違が出てきたということだ」

 4月2日 新年度の部局長会議。「『改革』が10年もかかるなら、それは『変化』にすぎない」

  24日 就任半年インタビュー。世論調査で「手法が独断的」との回答が高い点に「提案をしなければ議論は深まらない。県民はあらゆる形で意見が言える」

 5月6日 連休中に北安曇郡小谷村を訪れたことに触れ「小谷では無駄な公共事業も見てきた」

  10日 副知事を置かない方針を固める。「『目の前にニンジンをぶら下げられても動かない人物』を選ぶのは難しい。政策秘書室が満足できる形で動いている」

  15日 「脱・記者クラブ」宣言。「表現活動を行う人に広く門戸を開放することが、県の民主主義をより優れたものにしていくと思う」

 6月11日 県障害者生活支援事業連絡協議会との懇談で「お金で性を買えるのかと怒られるかもしれないが、障害者のための吉原のようなビジネスも認めなければいけないのでは」

  15日 上田市で開いた職員との懇談会で「県民が決めることが衆愚政治だと言う人は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にでも行けばいい」。その後の抗議に「知事として、一人の人間として行っていくことで、多くの市民に判断していただく。一度吐いた言葉を撤回、謝罪はしない」

  28日 6月県会一般質問。宮沢宗弘県議が、知事室で飲酒しながら女性タレントと写真誌の対談をしたことを指摘すると、県議が任期切れ前に行っているパーティーを取り上げ、「会費制にせよ、昼間から県議会棟でお酒を飲むことをよしとなさるように、私もまた何ら問題ないと考えている」

県議各位も自問自答を

 7月6日 県会が、補正予算案の一部削除と「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に関する発言の撤回と謝罪を求める決議」「発言と行動に対して反省を求める決議」を可決。「改革を妨げる要因は何なのか、県議各位も自問自答する気持ちを持っていただきたい」

 7月18日 福島県郡山市で開いた全国知事会議。分科会が予定より長引き、成田空港からの出発便に間に合う新幹線に乗車するため「後はよきにお願いします」と中座。欧州旅行へ。

 8月2日 記者会見で「高かった支持率が低下している」との指摘に、「もっと気を引き締めて行いなさいという、いたずら坊主へのよい意味でのご意見だと思う」

  24日 下諏訪ダム予定地の地権者と用地買収に関する「確約書」を交わしていたことが判明。「地権者側からの要望に基づいたもので、議会側からも以前から下諏訪ダム地権者に配慮するよう強く求められていた」

  28日 副知事選任の意向を表明。「副知事を置いていない状況は、自分としてもいいとは思っていない。自身の利益にとらわれず、政策決定をしていける人材を探している」

 9月4日 特別交付税上乗せ問題に関し県町村長大会で陳謝。「あらかじめ自由裁量できる金額が決まっていて、多くの県民が納得できる明確な基準に基づかずに行われてきた」

外国に行くと怒られる県

 10月3日 道路整備などの要望に訪れた町村議らに「就任当初には『長野もうで』という形をやめさせていただきたいと申し上げました。今は市町村長の方々にも、事前におっしゃってくだされば時間を取ります」

  4日 知事室を訪問した知人にイタリア訪問を誘われ、笑いながら「外国に行くと怒られる県で」

  5日 9月県会で3度目の予算案修正、副知事選任の人事案に同意。人事案を各会派に事前に「根回し」したことについて、記者会見で「12月、2月、6月と、それぞれの議会を経た上での今議会の私の対応や発言が存在するのだと思っている」




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