「田中新県政」

知事所信表明(要旨)


12月9日(土) 掲載 

 知事選

 先の知事選挙で、土木部及び長野建設事務所の職員が、公職選挙法違反により十人が罰金刑の略式命令を受け、一人が公訴を提起されましたことは、誠に申し訳なく、県議会の皆様、そして県民の皆様に心からおわびします。今回の事態の重さを深く受け止め、服務規律を一層徹底すると同時に、真の県民益をもたらすべく、日々の仕事を地道に行う中で信頼回復に努めてまいります。

 私は、知事選挙で、県民の目線、税金を納める者の立場に立った県政を、当たり前のことを、当たり前に語り合える県政を実現してまいりましょうと訴えてきました。こうした主張が県内の多くの皆様の賛同を得て当選へと至りました。投票所へと足を運んだすべての県民の皆様にお礼を申し上げます。今後は二百二十万人のすべての県民の皆様に仕える新しい知事として、奮迅いたしますことを、お誓い申し上げます。

 知事選挙を通じて、県内各地、あるいは県外のさまざまな皆様から、県政のあり方に関する数多くのご意見やご提言をちょうだいしました。それらは総じて、いささか疲弊気味な現在の日本社会への不安であり、であればこその、これからの長野県に対する期待であり、同時に私個人に対する叱咤(しった)激励であったととらえております。

 3つの姿

 県政を担当するに当たり、私は「行政とは二百二十万県民の命を守り、真の県民益をもたらすべく継ぎ目のないサービスを提供する機関である」、この哲学に基づき、常日ごろから、より多くの県民の皆様と同じ目線で接し、しなやかな施策を速やかに実行してまいります。こうした理念を県職員とともに共有しながら、次に申し述べます、あるべき長野県の三つの姿を目指します。

 第一は「しなやかで、すがすがしい長野県」であります。県政のあらゆる場面で、多様で自立した県民がともに自らの言葉で語り合い、知恵を出し合いながら、尊厳のある人生を送れる長野県を築いていこうとするものであります。

 第二が「新しい活力をはぐくむ長野県」であります。今後目まぐるしく変転する社会環境の中で、福祉・医療、教育、産業などさまざまな領域で、一人ひとりが生き生きと暮らせる社会を目指そうとするものであります。

 第三に「愛情があふれる長野県」であります。いまだ数字がすべての豊かさの指標であるかのごとくとらえられがちな現代社会において、ともすれば私たちが見失いかけているやも知れぬ、家族愛や隣人愛、郷土愛を着実にはぐくむ中で、数字には換算し得ぬ、人と人とが信頼や愛情を実感できる喜びを、さらには、その上でもたらされるであろう、潤いのある地域社会づくりを目指してまいります。

 重点施策

 このようなあるべき長野県の姿を見据えながら、次のような施策を中心に講じてまいりたいと存じます。

 まずはより一層開かれた県政を目指して情報公開を行い、行政情報を共有しながら、広く県民が参加し、自由闊達(かったつ)に議論のできる環境設定を進める点です。日々県民の皆様が生活する場に私自ら足を運び、一人でも多くの方々の意見に耳を傾けながら施策の方向を見いだすとともに、事業の公益性を再評価し、あらかじめ県民の皆さんからお預かりした貴重な税金を、県民益という真に幸せな社会の具現化のために使うべく努めてまいります。

 次に、災害などの緊急時に迅速に対応するとともに、資源の有効活用や再利用を通じ、県民の命と環境を守る県政を進めてまいります。本県は急しゅんな地形を多く抱え、また、過去には長野県西部地震をはじめ、梅雨や台風等を起因とするさまざまな自然災害が発生いたしております。このような災害に備えて十分な体制を整え、緊急時における迅速な判断と対応を図り、県民が安心して暮らせる社会を構築してまいります。また、環境共生県としての施策を一層推し進めるとともに、廃棄物を最小限に抑える生活やシステムづくり、限りある資源の有効活用・再利用に努めるなど、循環型社会の構築を目指してまいります。

 教育面におきましては、適性と個性をはぐくむ学校教育や生涯学習の推進など、生涯を通じて学ぶ楽しみが得られる仕組みづくりに力を注ぎ、県民一人ひとりが個性と能力を発揮できる機会を保障する、人間性が感じられる社会を目指してまいります。

 産業界においては昨今、従来の規格大量生産型の工業社会から脱却し、多様化する消費者ニーズに対応しながら、厳しい国際競争に備えた産業構造への再構築が求められ、また、足元の問題としては、バブル経済崩壊後の長引く不況からの脱却が、待ったなしの課題となっております。過去においても幾度となく押し寄せた困難を、自らの努力で克服し、たくましく成長を遂げてきた本県産業が、一日も早く現下の厳しい状況をも乗り越えられるよう、産・学・官が“三位一体の理念”を抱いて支援し合うとともに、本県の特性を十分に生かした新たな産業の創出等を積極的に進め、県民一人ひとりが豊かな生活を実感しうるよう努めてまいります。

 最近の高度情報化の進展、とりわけ情報通信技術、いわゆるITの飛躍的な発展は、社会経済システムのみならず、これからの私たちの生活にも大きな変化と影響をもたらしてまいります。必要な施策を積極的に講じ、県民生活や地域社会に新たな利便性と価値を創出できるよう、取り組んでまいります。

 少子・高齢化が国全体で急速に進む中、とりわけ、本県は高齢化が進行しております。介護保険制度を通じた在宅・施設サービスや高齢者の生きがい対策など高齢者福祉の充実をはじめ、バリアフリー社会を目指した障害者福祉や児童の保育対策、あるいは青少年の健全育成などを一層推進し、介護から子育てまで、人間の体温が感じられる地域社会の体制づくりに積極的に取り組んでまいります。すべての県民が安心して暮らせるよう、生涯にわたる健康づくりや医療供給体制の整備にも力を注いでまいります。

 近年、本県において高速交通網をはじめ、下水道や生活関連道路など社会基盤が大きく整備されたことは、先達の功績として評価を惜しまないところであります。その一方で、県債残高は一兆六千億円を超えるなど、県財政はもはや座視できない状況を迎えております。新しい世紀を迎え、社会経済システムの大きな変化に対応しながら、県民が真に豊かさを実感できる生活を実現するために、県財政の健全化は避けて通ることのできない大きな課題であります。このために、引き続き行政改革や事務事業の見直しを進め、行財政の効率的な運営と健全財政の維持に全力を注ぎながら、ますます多様化する県民ニーズにこたえてまいりたいと存じます。また、地方分権の促進につきましては、広域行政の充実や自主的な市町村合併の推進、市町村への権限移譲などに努めながら、真の分権型行政システムの確立に向けまして、国に対してさらなる権限や税財源の移譲を強く求めてまいります。

 このほか、県民生活に必要な社会資本の整備の促進、人権や平和、男女共同参画社会に向けた取り組みなど、今後県政各般にわたりまして、常にきめ細かく目を配りながら、微力ながらも全力を尽くして着実に私に与えられました使命を果たしてまいりたいと存じます。

 使命

 取り急ぎ取り組むべき施策の一つは、現場主義の実践であります。県民が暮らす現場に、行政が仕事をする現場に、私自らが積極的に足を運び、地域住民の方々の声を直接お聞きする中で、県の事業の公共性と県民益をもう一度検証することが肝要だと考えております。就任以来、既に南箕輪村の子ども未来センター、松本市の大仏ダム、長野市の浅川ダム等々、懸案の現場に出掛け、対話集会を重ねてまいりました。今後も、こうした現場主義の立場を貫き、さまざまな住民の意見を平場で聞きながら、小異を残し、中異を抱えて、大同につく、しなやかな姿勢により、適切な対応を図ってまいります。

 もう一点、県民に仕える知事とは、その県民の声を県政に反映させる実務者です。その意味でも私は、知事室を一階に開設することといたしました。既に川上村と小布施町で行いました車座集会も、さらに今後、県内の各地で開催してまいります。

 もとより、県政を取り巻く情勢は必ずしも容易ではなく、解決の糸口を見いだしにくい課題に直面することもあるでしょう。また、施策を実現する過程では、解決まで長期にわたる場合や、県民の皆様に我慢をお願いせざるを得ないことも予想されるところであります。そのような中にあっても私は、長野県及び長野県民に対する情熱と勇気を持って、また、常に県民の皆様とともにいるという心強さを持って、私自身が県民の先頭に立ち、力を振り絞りながら、いかなる難局にも立ち向かって行く覚悟であります。

 他方で、二百二十万人の命を守る県政には、連続性と安定性も必要であることはあらためて申し上げるまでもないことです。県知事としては私は、これまで積み重ねられてきた施策の方向性を十分に尊重しながら、さらなる県民益の実現を目指して、新しいしなやかな発想により県政を推進してまいりたいと考えております。どうかご理解とご協力を、よろしくお願い申し上げます。

 (経済情勢、財政状況、議案説明部分を略)

 理念

 最後に、県民益を納税者の皆さまにもたらす上での私の同志であります県職員に、日ごろから繰り返し申し述べておりますいくつかの理念を、お話しさせていただくわがままをお許しいただければと思います。
 一般的にビジネスの世界では、より良い商品を編みだし、より優れた接客を行って初めて、お客さまからお金をちょうだいできます。一方、私たち県政に携わる者は、あらかじめ県民の皆さまから税金という形でお金をちょうだいしております。それも、使途の明細をご提示申し上げる前に。であればこそ、私たちには、できる限り少ない金額で、できる限り大きな幸せを、一人でも多くの県民の皆さまにお届けする責務があります。

 また、一つの結果を出すためにこれだけ努力をしましたという弁解型のプロセスではなく、分かりやすい言葉で説明を加え、行政と住民が直接話し合える機会を積極的に設ける参加型のプロセスを目指します。規模や構造、性能などをまとめた仕様書、つまりは数字至上主義に基づくスペック(仕様)を公表するだけではもはや、情報公開や住民参加の理念は実現しにくい時代でございます。

 ひそかに甘いささやきを個別に行う行政ではなく、開かれた形で苦い話し合いを皆さまと十分に行う行政のあり方。

 子ども未来センターをめぐっての対話集会の際に一人のお母様がおっしゃった言葉は印象的でありました。「世の中に物申すには、大人数で県庁まで陳情に出掛けたり、こぶしを振り上げて集会を行わねばだめなのかしら。でも、そこまでするのは抵抗を感じるわ、とあきらめていた私にとって、こんなに間近で県知事や部局長を始めとする県の職員の方々と、そして賛成、反対と立場を異にする地域の皆さんと、一堂に会して長時間、意見を交換できるなんて夢のようです」と。

 私は、賛成・反対、白黒、官対民といった旧来型の二項対立を超えた第三や第四の選択肢も世の中にはあり得るのだ、と皆で模索する心意気を尊びます。待ったなしのいくつもの懸案事項を私も一人の実務者として、職員や県民と一緒に実践問題として解いてまいります。それは壁を壊すのではなく、壁を溶かすしなやかな作業が長野県で行われていくことを意味します。

 私たちの民主主義が近年、仮にいささか疲弊気味だとするなら、その理由の一つは立案から検討、説明、論議、決定へと至る一連のプロセスの踏み方が、いつの間にか形がい化しつつある、つまりはプロセスをこなすためにプロセスを踏んでいる、こうした否定し切れぬ現実に求められましょう。

 法律を始めとする規則やマニュアルは、だれのために存在するのでしょう。それは国家や組織のためではないはずです。まっとうに暮らす一人ひとりの人々に幸せをもたらすべく、存在するのです。

 覚悟

 くしくも五十九年前の本日未明、太平洋戦争が始まりました。星霜をへて先ごろ、大町市で開催の戦没者の方々を追悼する式典に出席した私は、年老いた長野県民のおばあちゃんやおじいちゃんが腰を折り曲げ、足を引きずって献花する後ろ姿に、涙を禁じ得ませんでした。私たちは戦争という過ちを二度と繰り返してはならないのです。のみならず平時においても、行政に携わる私たちは、まっとうに営み、学び、はぐくむ市井の人々を突如、奈落の底に突き落とすような、人間としての体温が感じられぬ施策や決定を断じて行ってはならないのです。

 二十年前の学生だった時分、最初に上梓(じょうし)した本のタイトルに私が用いた「なんとなく」、しかして鬼籍に入られた碩学(せきがく)の山本七平氏が「空気の研究」と題する著書でも看破した、まさに「なんとなくの空気」で意思決定が行われがちな日本という社会において、私たち長野県民一人ひとりはしなやかな気概を抱いて、歴史を心に刻み続けながら、未来をあやまたぬようにと制御し続けねばならないのです。

 それは「何をするべきか」の前に、「どうあるべきか」を常に私たちが自問自答する営為であり、できる範囲でできる事柄を一人ひとりが述べ、行う勇気であり、さらには法律やマニュアルの存在いかんにかかわらず、おてんとうさまの下では悪いことはしちゃいけないよ、との昔から語り継がれてきた唯一のルールを一人ひとりの体内でサーモスタット、温度調節装置として機能させる、矜持(きょうじ)と諦観(ていかん)であります。

 とまれ、私田中康夫は長野県のパブリック・サーバント(公僕)として、全身全霊を二百二十万県民の幸せのために投じる覚悟をここであらためて表明いたします。日本の背骨に位置し、数々の水源をも擁するこの長野県から新しい民主主義のスタンダードとしての「長野モデル」を、向上心にあふれる県民の皆さまとともに構築してまいりたいと存じます。

 この十二月県議会定例会の場でも、創造的議論、クリエーティブ・コンフリクトが活発に交わされんことを。どうもありがとうございます。そして、どうぞよろしくお願いいたします。




掲載中の記事・写真・イラストの無断掲載を禁じます。
Copyright 2000 信濃毎日新聞 The Shinano Mainichi Shimbun