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〈かえり見がちにゆくゆく薮原の駅にはいれば、駅舎のさまにぎわし、お六櫛あららぎの箸ひさぐもの多し、此所より諸国につたう…〉。江戸の文人、大田南畝(なんぽ)(蜀山人)が1802年に記した紀行文にある

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お六櫛(ぐし)は木祖村薮原に伝わる伝統工芸品だ。材質が緻密で硬いミネバリの木などを材料に、職人が手作業で細い歯を整然と刻み込む。江戸中期に山間の宿場で始まった手仕事が“全国ブランド”にまで育ったのは、大田ら文化人の力によるところが大きい

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村の文化財調査報告書によれば、江戸後期の中山道薮原宿では、和歌や俳諧、歌舞伎、浄瑠璃が富裕層に広がった。来訪する歌人や俳人らも多く、土産にお六櫛を買い求めた。全国の師や歌友にも特長や由来を説明しながら届けた。その情報を得て仕入れに来る商人が増えたという

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現代のお六櫛ブームの主役はどんな人々だろう。全国放送のテレビ番組が紹介したのを機にインターネットで注文が殺到。工房によっては出荷まで7カ月もかかる。伝統工芸の守り手を励ます手紙が添えられた注文もあり、一時的な特需とは様相が異なる

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戦後、ブラシなどの普及で需要が落ち込み職人も激減した。村のお六櫛組合は中学生の体験学習を通じ、後継者の育成に期待をつなぐ。植樹したミネバリが材料になるまで200年ほどかかる。櫛を使う側も息長く応援したい計画である。

(8月31日)

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