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世の中はどうあがこうと変わらない―。そんなシラケ世代の目を覚ましてくれたのが1989年のベラ・チャスラフスカさん復活劇だった。東京とメキシコの五輪体操で7個も金メダルを取り「名花」とたたえられながら、20年も表舞台から遠ざけられた

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68年、東側で自由化を試みるチェコスロバキアの政策はソ連の軍事侵攻で挫折。政府の改革を後押しする著名人の「二千語宣言」に署名していたチャスラフスカさんは、撤回を拒んだためにスポーツ界を追われ、仕事にも就けなかった

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侵攻時はメキシコ五輪が1カ月後に迫っていた。身を案じた市民グループが山荘にかくまい、ろくに練習できなかった。ソ連2選手を抑え総合優勝したときの本紙には「三人仲よく」とある。が、奮い立たせたのは、じゅうりんされた民衆の憤りという

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署名者の多くは撤回するか国を捨てた。家族を思ってとはいえ冬の時代を耐えた信念には驚くばかりだ。ベルリンの壁崩壊直後、息子も加わる民主化デモを見て自分も参加を決意する。工藤美代子著「チャスラフスカの証言」に詳しい

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大統領顧問など要職に復権後も試練は終わらなかった。別れた夫が息子ともみ合いになり死亡したことが原因で長く心を病んだ。再び立ち直ると東日本大震災の復興支援もしている。栄光と試練が凝縮した74年の生涯。踏まれても踏まれても咲く「名花」だった。

(9月3日)

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