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9.11から15年 「戦争」が変質させる社会

 米ニューヨークの摩天楼から炎が上がり、崩れ落ちていく光景はいまだ多くの人の記憶にあるだろう。「9・11」のテロ事件から、きょうで15年になる。

 米国はアフガニスタンへの報復攻撃に続き、イラクに侵攻した。国際法による武力行使の制約を顧みない独断的な行動がもたらしたのは、中東地域のとめどない混乱と戦禍である。イラク戦争は「イスラム国」(IS)という新たな脅威の台頭も招いた。

 「テロとの戦争」に終わりは見えない。軍事行動は膨大な命を奪い、対抗する暴力を生んだ。テロは欧州やアジアにも及んでいる。その現実を冷静に見据え、際限のない暴力が世界を覆うのを止める道を探らなくてはならない。

 同時に目を向けるべきは、テロとの戦争という“戦時下”で、人権や自由の制限が正当化され、社会が変質しつつあることだ。排外主義の高まりが深刻な分断を生んでもいる。テロの暴力だけが市民社会の脅威なのではない。

 フランスは昨年11月にパリで起きたテロ事件以後、非常事態が解除されていない。治安権限の強化によって、令状なしでの家宅捜索のほか、パソコンや携帯電話のデータも押収できる。集会やデモを禁止し、宗教施設を強制閉鎖する権限も政府に認めている。

 9・11後、米国は監視社会化が大きく進んだ。情報機関が市民の通話や通信を大規模に監視し、個人情報を収集していたことが内部告発で暴かれている。

 日本でも、公安警察が国内のイスラム教徒を広範に監視していたことが明るみに出た。イスラム教徒だからと危険視し、監視下に置くのは不当な差別である。

 にもかかわらず、監視や情報収集はテロ防止のためやむを得ず、憲法に違反しないとする判決が最高裁で確定した。司法が人権を守る責任を放棄したに等しい。

 「共謀罪」を導入しようという動きも再び具体化し、テロ対策を前面に出した。犯罪を実行していなくても話し合っただけで処罰の対象にする。内心の自由を侵害し、市民活動の抑圧にもつながる危険性をはらんでいる。

 監視や捜査権限の拡大を図る動きは、ほかにも相次ぐ。携帯電話の位置情報を、本人に通知せず犯罪捜査に使えるようにもなる。

 テロ防止は重要だが、その名の下で進む監視社会化は民主主義の土台を崩しかねない。それは各国社会が直面する課題だ。権力の暴走を止めるため、市民が連帯して声を上げ、行動を起こしたい。

(9月11日)

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