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満蒙開拓 広げる学びの輪 記念館、長野で出張イベント

満蒙開拓平和記念館が初めて開いた「北信サテライト」で交流する参加者ら=19日、長野市満蒙開拓平和記念館が初めて開いた「北信サテライト」で交流する参加者ら=19日、長野市
 下伊那郡阿智村の満蒙(まんもう)開拓平和記念館のスタッフが出張する初めての催し「北信サテライト」が19日、長野市の市勤労者女性会館しなのきで開かれ、約150人が参加した。長野県が戦前や戦中、全国で最も多くの開拓団や青少年義勇軍を旧満州(中国東北部)に送り出した歴史について、遠方にいて記念館を訪れるのが難しい人たちにも学んでほしい―との思いを込めた独自の取り組み。「サテライト」は今後、希望があれば開催を検討するとしている。

 副館長で専務理事の寺沢秀文さん(62)らが講演し、満蒙開拓が昭和恐慌後の日本国内の「人減らし」や、旧ソ連に対する「人間の防波堤」として国策で進められた経緯を説明。県内では飯田下伊那地方から最も多くの人が送り出された一方、「後から入った開拓団ほど『ソ満国境』近くの北方に入った」とし、そうした地域には北信地方の人が多く渡って犠牲者も多かったと述べた。

 1945(昭和20)年に旧ソ連が旧満州に侵攻し、開拓団は「悲惨な逃避行」を強いられた。一方で、寺沢さんは開拓団員だった父から入植で土地を奪われた現地の人に対して「申し訳ないことをした」とも聞いたとし、「日本人は多大な被害を受けたが加害の面もあった。きちんと振り返り伝えることで、二度と悲しい犠牲を生まないようにしなければいけない」と強調した。

 「サテライト」は、満蒙開拓の歴史や平和に関する「学びの輪」を広げることも狙い、講演後、記念館で活動するボランティアグループの司会で参加者同士が交流した。

 会場を訪れた長野市の今井順子さん(68)は、旧満州に渡った経験がある飯田市出身の筒井健雄さん(80)=長野市=の歩みについて、筒井さんの妻から話を聞いた。今井さんは「体験を聞けば聞くほど、もっと知りたい、知らなければいけないという気持ちが沸いてきました」と話していた。

(9月20日)

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