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初投票の喜び刻む柿の木 千曲 半世紀ほど前に植樹

初投票の記念に植えた柿の木を見上げる近藤さと美さん初投票の記念に植えた柿の木を見上げる近藤さと美さん
 千曲市羽尾の近藤さと美さん(91)が半世紀ほど前、初めて選挙で投票した日の記念に買った柿の木が、今年も実った。投票した喜びを忘れず、植えてから選挙では1度も投票を欠かしたことはない。10月30日に行われた千曲市長選は投票率が5割を切り、過去最低となった。「普通選挙の保障」を明記した憲法が公布されて70年。近藤さんは選挙権の「ありがたさ」を見つめ直してほしいと願う。

 同市森の集落の一角。赤く色づき始めた里山を背に、かやぶき民家がある。3年前、同市羽尾に引っ越した近藤さんの旧宅だ。その南端にある柿の木の枝は、鈴なりになった実の重みでこうべを垂れていた。「こんなに小さな苗だったんだよ」。柿の木に寄り添って、近藤さんが両手を50センチほどに広げてみせた。

 旧塩崎村(長野市篠ノ井塩崎)に生まれた。1944(昭和19)年に近藤家の養女になり、終戦翌年の46年、20歳で夫の早苗さん(96)と結婚した。既に参政権が拡大され、25歳以上の男性に限られていた選挙権が「20歳以上の男女」になっていた。この年の4月には、戦後初の衆院選が行われ、全国で「婦人代議士」が39人誕生した。全県1区だった長野県でも安藤はつ(1912〜85年)がトップ当選。新たな時代の到来に胸が躍った。

 「女は我慢して、ただ子育てをし、働いていればいいと思われていた」(近藤さん)という戦前、戦中を生きてきた。選挙権を得て、「人間らしくなった」と思えた。ただ、すぐには投票に行かなかった。身の回りでは多くの女性がそうだったという。

 「昔は戸主1人が投票すればいいという雰囲気があった」「戦時中、女は下に見られていた」…。近藤さんの古くからの友人、中村志づいさん(82)、近藤不二子さん(91)が当時を振り返る。

 終戦から四半世紀がすぎ、40代になって初めて、投票に行った。歩いて1人で投票所に向かう途中、道端で柿の苗木を売っているおじいさんがいた。投票した帰り道、そこで苗木を買った。「初めての投票がうれしくて。記念になるものがほしくてね」。苗木は、日当たりの良い家の南側に植えた。それから選挙に出掛けることは、近藤さんの欠かせない生活の一部になった。

 今年10月30日の千曲市長選。近藤さんは、いつものように投票所に足を運び、1票を投じた。「穏やかな暮らしが続く世の中に」との願いを、いつものように込めた。

 投票率は47・74%。近藤さんはその数字に少し驚き、「残念だね」と言った。

 憲法公布から70年の節目となった3日。近藤さんは旧宅がある森の友人方を訪ね、中村さんらとお茶を楽しんだ。市長選も話題になった。中村さんは「投票しなければ自分の意見は言えないよ」と、18歳の孫にも投票するよう言い聞かせていると話した。近藤不二子さんも「選挙権は大事なもんだ」と語った。

 近藤さと美さんは旧宅も訪ねた。145センチの体を覆うように伸びた枝の一つをつかみ、実をもいだ。まだ少し固い皮をかじり、「甘い、うんと甘いよ」と味をかみしめた。

(11月9日)

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