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戦時下、国は10代半ばの男子を満州に送り出した。満蒙開拓青少年義勇軍だ。第1次の1938(昭和13)年は3万人を目標に各県に割り当てられた。1700人の長野県は800人増やして市町村に示した

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送出数は「熱意のバロメーター」とされた。県が40年3月に市町村長に出した通達には〈先駆的役割ヲ果タスベキモノハ、我ガ信州人ナルヲ確信致シ居候〉とあり、率先垂範を求めている。上乗せは続き、44年までに合計で2千人多い送出目標を設定した

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小林信介著「人びとはなぜ満州へ渡ったのか」に学んだ。義勇軍の送出には信濃教育会が積極的に関わり、教師が教え子を勧誘した。本紙も〈輝く新天地開拓へ〉とあおった。一つ一つが国策遂行の歯車になって信州は全国最多の6800人以上を送出し、多くの少年を犠牲にした

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きのう天皇、皇后両陛下が阿智村の満蒙開拓平和記念館を訪問された。義勇軍経験者らの言葉に耳を傾け、展示品が示す史実に触れた。「満州事変に始まる戦争の歴史」に学ぶ大切さを訴える陛下だ。深い内省とともに多様な視点から考える姿に共感した

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松川高校の生徒が満蒙開拓の歴史を学んで詠んだ短歌がある。〈知らぬ間に自分が加害者となっている凡庸な悪は誰にでもある〉。国策を率先遂行した当時の県職員や教師は私たち自身の中にいる。歴史への内省がいつも必要なゆえんだ。

(11月18日)

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