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あすへのとびら 25年目のPKO 国際貢献を問い直す時

 自衛隊の海外派遣に道を開いた国連平和維持活動(PKO)協力法は、1992年6月に成立した。国論は二分、根強い反対を押し切ってのことだ。カンボジアへの初の派遣はその年の9月だった。

 四半世紀近くを経て派遣が常態化する中、改めて重大な局面を迎えている。安全保障関連法に基づき、政府が「駆け付け警護」の任務追加を決めた。稲田朋美防衛相は、別の新任務「宿営地の共同防衛」とともに付与する命令を出している。

 新たな任務を担う部隊がきょう以降、南スーダンへ順次、出発する。来月中旬から、必要に応じて実行することになる。

 離れた場所で武装集団に襲撃された国連職員らの救出に向かうといった任務である。武器使用基準が緩和され、可能になった。

 現地の治安情勢は流動的だ。隊員が戦闘に巻き込まれる可能性がある。海外での武器使用が一段と現実味を増す。平和国家にふさわしいのか、日本の国際貢献はどうあるべきか、再考したい。

   <変わる活動内容>

 PKO法が制定されたきっかけは、91年の湾岸戦争だ。

 日本は巨額の財政支援をし、憲法9条の制約から自衛隊は派遣しなかった。当時の政権や外務省は国際社会から高い評価を得られなかったとして、自衛隊を利用した人的国際貢献の仕組みづくりを推し進めた。

 法整備では、自衛隊の活動が9条の禁じる武力行使とならないよう参加5原則を盛り込んだ。

 (1)紛争の当事者間の停戦合意(2)紛争当事者による日本の参加同意(3)中立的立場の厳守(4)以上のいずれかが満たされなくなった場合の即時撤退(5)武器使用は要員の生命保護など必要最小限度とする―の5項目だ。

 政府の憲法解釈では、「国や国に準ずる組織」を相手に自衛隊が武器を使った場合、武力行使になる恐れがある。そのため、駆け付け警護は認めてこなかった。

 カンボジア以降、中東のゴラン高原や東ティモールなどへの派遣が続いてきた。この間、隊員が引き金を引くことはなかった。果たしてこれからも同じでいられるのか、懸念は強い。

 現在、日本が参加する唯一のPKOである南スーダンには2012年1月から部隊が派遣されている。内戦を経て前年にスーダンから分離独立した国家の安定や開発支援を目的に始まった活動だ。日本は道路整備などに貢献するため陸自の施設部隊を送った。

 状況が一変したのは、13年12月である。政府軍と反政府勢力との間で内戦状態になった。数万人が死亡し、270万人以上が家を追われている。PKOの最重要任務は市民保護に変更された。

 陸自部隊も想定した役割を果たせていない。現在、活動場所は国連南スーダン派遣団(UNMISS)の施設内に限られている。

 それでも政府は5原則が維持されているとの立場だ。新任務付与に当たってまとめた見解では「PKO法上の武力紛争が発生したとは考えていない」とした。反政府勢力には系統立った組織性などがなく、紛争当事者に当たらないと説明している。

 この見解がまかり通るなら、5原則はないも同然になる。国連の事務総長特別顧問は、民族間の憎悪の広がりを指摘し、ジェノサイド(民族大虐殺)に発展する恐れがあるとの懸念も示した。政府が撤退を検討しないのは、安保法の実績づくりを急ぐためだろう。

 南スーダンに限らず、PKOは変質している。かつては停戦監視が中心だったのに対し、市民の保護など任務が広がった。武力の行使もいとわない。国連などで紛争処理を担った東京外国語大教授の伊勢崎賢治さんは「PKOの好戦化」と表現している。

   <日本の強み生かし>

 中立的な立場では済まない現実がある。平和憲法を持つ国として国際紛争への関わり方を問い直す時だ。武器使用ではなく、非軍事の人的貢献を強めたい。

 安保法に反対するため設立された「NGO非戦ネット」は、駆け付け警護の閣議決定の前日、声明を出した。新任務付与の見合わせと、武力によらない平和貢献を求めるものだ。

 日本の優位性は非軍事分野での支援に対する住民の信頼や、対立する諸勢力に比較的中立だと認識されていることにあるとし、強みを生かすよう主張する。なすべきこととして、和平に向けた対話の働き掛けや国民和解への支援、避難民らへの人道支援を挙げる。

 他国軍と一線を画す自衛隊の活動は日本への評価につながってきたはずだ。非軍事の貢献が信頼や親近感を高め、それが新たな貢献にもつながる―。そんな好循環を目指すべきである。

(11月20日)

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