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走法の研究が足りない―。1952(昭和27)年の第1回県縦断駅伝。本紙に故田中秀雄さんは辛口の総評を書いている。元ベルリン五輪陸上代表。信濃毎日新聞社の運動部次長を務め、大会の発案者だった

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敗戦から7年。農山村の青年に夢と希望を―との旗を掲げた。当初は未舗装の道をわらじや足袋で走った。道路整備が進むとレースは高速化、選手も力を伸ばした。多くの名選手が育って「駅伝王国長野」の礎を築いてきた。田中さんも喜んでいるだろう

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大町北安曇の楜沢俊明さんは高校1年だった81年の第30回大会に初出場。塩尻~北小野の善知鳥(うとう)峠に挑んだ。練習の成果もあり「いい走りができた。これで長距離レースにのめり込んだ」という。箱根駅伝や実業団でも活躍、65回を迎えた今年の縦断駅伝で30回目の出場を果たした

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きのう長野市の信毎本社前を号砲とともにスタートした選手は、沿道の声援を受け、初日のゴール岡谷を目指してたすきをつないだ。降り続く雨にもかかわらず力走。3連覇を狙う上伊那は序盤出遅れたものの首位でゴールし初日の大会記録を塗り替えた

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アンカーを務める予定だった楜沢さんは成長著しい高校生に譲り、中学生のサポート役に回った。息子と同世代のランナーができるだけ良い条件で走れるようにと世話に駆け回った。現役は続けるという。縦断駅伝は時代をつないでいる。

(11月20日)

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