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天竜川のすぐ脇に縄文集落 飯田の川原遺跡

川原遺跡で見つかった縄文時代の住居跡(中央)。左奥は天竜川に架かる水神橋川原遺跡で見つかった縄文時代の住居跡(中央)。左奥は天竜川に架かる水神橋
 飯田市下久堅知久平の天竜川左岸にある「川原(かわら)遺跡」で縄文時代中期〜晩期(約4500年前〜3千年前)とみられる8軒の住居跡が見つかった。発掘した県埋蔵文化財センター(長野市)などによると、天竜川のすぐ脇で縄文集落が確認されたのは飯田市内では初めて。周辺より砂の堆積が少なく、縄文人が河川氾濫の危険箇所を避けて、集落を形成していた様子がうかがえるという。

 川原遺跡は、市教委が1969(昭和44)年と81年に発掘調査。川辺から離れた河岸段丘上で、縄文後期から中世にかけての住居跡が多数見つかった。今回の発掘は、川寄りの約1700平方メートルと、同遺跡南にある下川原(しもがわら)遺跡約8千平方メートルで、今年8月下旬から12月中旬まで行う。

 これまでに見つかった住居跡は縄文中期4軒、後期2軒、後期〜晩期2軒。魚網に付けたとみられる重り「石錘(せきすい)」や、打製石斧(せきふ)、土器片など数十点の他、井戸などの跡とみられる土坑も13基出ている。

 市教委によると、縄文時代後期以降は、集落跡が高台から低地に下りてくる傾向があるといい、木の実のあく抜きをしたり、大型魚を捕まえたりするのに都合が良かったためと推測されるという。

 同センターによると、今回住居跡が見つかった場所は周辺より盛り上がっており、氾濫の影響を受けにくかったとみられる。千曲川流域では同様に川辺の縄文集落跡が散見されるが、天竜川流域の状況はまだ詳しく分かっていないという。

 同センターは23日に現地で説明会を開く。全体説明は午前11時からと午後1時からの2回で、誰でも参加できる。

(11月22日)

長野県のニュース(11月22日)