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100年ぶり確認の真田信繁書状 原本を県内などで初公開へ

 10月に約100年ぶりに確認された、戦国武将真田信繁(幸村)の自筆書状の原本が、12月以降、真田宝物館(長野市)、朝日町歴史博物館(三重県)、上田市立博物館の3館で順次展示される。一般公開は初。1600(慶長5)年の関ケ原合戦後、九度山(和歌山県)に配流された信繁が、長期の蟄居(ちっきょ)生活による自らの衰えを嘆く内容の貴重な史料で、歴史ファンの注目を集めそうだ。

 展示期間は、真田宝物館が12月1〜12日と来年1月7〜9日、朝日町歴史博物館が同1月14日〜2月12日、上田市立博物館が同2月18日〜3月20日。

 書状は義兄小山田茂誠(しげまさ)宛て。14年間の九度山時代の末期に書かれたとみられ、「は(歯)なと(など)もぬけ申候、ひけ(ひげ)なと(など)もくろきハあまり無之候」などの記述が目を引く。

 原本は、明治時代の実業家、岡本貞烋(ていきゅう)(1853〜1914年)が所蔵していたが、岡本の没後に行方不明となり、写しだけが伝わっていた。今年10月、三重県内の収集家男性が古書店で購入し、専門家が信繁自筆の原本と確認。男性が朝日町歴史博物館に寄託した。

 男性は、信繁の父昌幸が1583(天正11)年、小県の国衆との戦に備え、家臣に鉄砲衆10人を召し抱えるよう命じたとみられる「真田昌幸朱印状」も所有しており、同館に寄託。信繁書状原本と併せて真田宝物館で公開される。

 真田宝物館は「大坂冬の陣」後の1615(慶長20)年1月と3月、信繁の姉で茂誠の妻の村松殿と、茂誠宛てにそれぞれ送った信繁の書状を合わせた計3点を並べて展示予定。降幡浩樹学芸員は「信繁の小山田家への心情がくみ取れる展示になる」と話す。

 上田市立博物館の倉沢正幸館長は「信繁の九度山時代の生活が分かる興味深い史料。地元の人たちにぜひ見てほしい」と呼び掛けている。

(11月25日)

長野県のニュース(11月25日)