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美ケ原台上 論争の到達点踏まえよ

 松本市、上田市、長和町にまたがる美ケ原高原の中心部「台上」に車道を通そうという動きが再び出てきた。

 美ケ原の車道建設は、過去に観光開発か環境保護かで激しい論争を巻き起こした。その帰結が台上を回避するルートだった。当時の議論や知恵を忘れてはならない。

 美ケ原は南東の霧ケ峰高原とともに八ケ岳中信高原国定公園に含まれる。標高約2千メートルの台上の多くは牧草地だ。約280種の植物が確認されている。

 台上からの北アルプスや八ケ岳のパノラマは圧巻だ。深田久弥は著書「日本百名山」で「その高さに、広さを加えると、まさに日本一かもしれない」とたたえた。

 遠い記憶になった一帯の車道開発の歴史を押さえておきたい。発端は1960年にさかのぼる。

 マイカーの普及で、県は観光開発5カ年計画に蓼科―霧ケ峰―美ケ原などを結ぶ観光道路構想を打ち上げた。白樺湖―霧ケ峰の有料道路「ビーナスライン」霧ケ峰線は68年に完成した。

 霧ケ峰―和田峠の八島線は、湿原や遺跡の保護を巡って学者や文化人、住民らの強い反対運動が起きた。迂回(うかい)ルートに変更され、70年に開通している。

 その先の美ケ原線(和田峠―美ケ原)も自然保護団体などが全県的な組織をつくり、全国の注目を集める反対運動を繰り広げた。

 当時の環境庁は長官の現地視察も経て、自然保護上の問題があり、尾根筋と台上の通過は認めないとの方針を示した。県は台上を通らないルートに変更し、81年に全線開通させた。

 この間の77年に県は「美ケ原台上保護利用計画」を作った。一般車両の通行を禁止し、観光客は砂利道を歩いて散策する。

 広域観光を進めるために台上を車道でつなげたいとの声はくすぶり続けてきた。

 今月、松本市は地元県議との懇談会で車道建設を含めた整備を要望。菅谷昭市長も記者会見で「改めて検討してもいいのではないか」と車道建設などに前向きな考えを示した。

 〈自動車交通にわずらわされない環境のもとに卓越した展望と草原景観を楽しむべき地区と考えられる〉。保護利用計画は基本方針で台上をこう位置付けている。

 それは、開発か保護かで揺れた問題の到達点だ。長い時を経て多くの県民、観光客に定着した考え方といえるだろう。

 これまでの経緯を踏まえれば、車道建設は進めるべきではない。

(11月28日)

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