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八重原用水の祖 功績を後世に 東御 黒沢嘉兵衛の物語出版

東御市と北佐久郡立科町の間の約55キロを流れ、一帯の農地を潤す八重原用水=東御市八重原東御市と北佐久郡立科町の間の約55キロを流れ、一帯の農地を潤す八重原用水=東御市八重原
 江戸時代前期の1662(寛文2)年に東御市などを通る八重原(やえはら)用水を完成させた小諸藩士黒沢嘉兵衛(かひょうえ)(1612〜91年)の功績を後世に伝えようと、東御市などの有志が「八重原新田開発の祖用水堰(せぎ)開削にささげた黒澤嘉兵衛物語」と題した本を出版した。11月に拾ケ堰(じっかせぎ)(安曇野、松本市)などが県内初の「世界かんがい施設遺産」に登録されるなど、農業用水利施設の歴史に目を向け、伝えていこうとする機運が高まっている。有志らは、出版が八重原用水の果たす役割を改めて知るきっかけとなり、開発を指揮した黒沢嘉兵衛の再評価につながることを期待している。

 八重原用水は、もともと降水量の少ない台地上の平地を開墾して稲作を行うため、遠く離れた蓼科山の山麓に湧き出る北佐久郡立科町の「大滝源水」から難工事を経て水を引いた。用水の総延長は約55キロに及ぶ。

 出版したのは「黒澤嘉兵衛物語刊行委員会」。北御牧公民館の生涯学習講座として発足した「八重原用水の歴史を学ぶ会」の参加者を中心に、用水を管理する東御市八重原土地改良区役員らが加わった。同会は2012年度から、古文書などを題材に学習している。

 本では、江戸中期に黒沢嘉兵衛の子孫が嘉兵衛の功績をまとめた「開発日記書抜(かきぬき)」を基に、刊行委の解釈や解説を加えて紹介。昔の用水のルートを再現した「八重原用水堰路古地図」や、黒沢家の系図、堰の写真なども載せた。

 刊行委メンバーは、地元の歴史に興味を持ってもらうきっかけになればいいと期待する。委員長を務める東御市八重原の荒井良勝さん(75)は自らも稲作農家。出版を機に「今まで(黒沢嘉兵衛を)知らなかった人もいるので、この本を通じて当時の様子を知り、先人の苦労に思いをはせてほしい」と話している。

 A5判、約300ページ。1部千円(税込み)で販売している。問い合わせは月、水、金曜日に北御牧公民館(電話0268・67・3311)へ。

(12月2日)

長野県のニュース(12月2日)