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危機にひんする方言 命や地域を守る力になる

 知らずに話した方言が相手に通じなくて恥ずかしい思いをした。こんな経験した人は多いのではないか。

 話者の減少による方言の危機が指摘されて久しい。そんな方言に新たな光を当て、再評価する動きが近年活発になってきた。

 きっかけの一つとなったのは6年前の東日本大震災だ。

 「がんばっぺ!宮城」「けっぱれ(頑張れ)!岩手」…



   <力を与えた東北弁>

 震災直後、東北弁で被災地や被災者を応援する「方言エール」が登場した。自衛隊員はヘルメットに方言エールが書かれたステッカーを貼って捜索活動に当たった。復興に関わるイベントやグッズなどでも使われ、広がった。

 方言には仲間意識を高めたり、親近感を抱かせたりする効果があるのだろう。近県の支援者が避難所や仮設住宅で東北弁で語りかけると、被災者から「ほっとする」などと喜ばれたという。

 一方、遠方から被災地入りした人は独特のなまりや知らない単語の多さから、被災者とうまくコミュニケーションが取れないといった問題も起きた。

 専門の方言研究を生かし、被災者の支援ができないか。学者らが動きだした。その1人が下伊那郡豊丘村出身で、弘前学院大の今村かほる教授だ。

 東北地方の方言研究者に呼び掛け、被災者と地元以外の医療・福祉関係者の意思疎通を手助けする「方言支援ツール」を作成した。発生から半年後のことだ。

 支援ツールは、症状や体の感覚を表現する方言と標準語を対照させた「医療福祉関係方言語彙(ごい)集」、人体図に頭や手足、胴体の各部位の呼び方を方言で示した「方言身体語彙図」などからなる。ネット上に公開し、誰でも利用できるようになっている。

 一部を紹介しよう。「つらい」を表現する宮城の方言は、精神的な場合には「カナスー」、身体的なら「ヒドエ」。福島の方言では身体の痛みには「イダム」で、心の痛みの場合は「クモル」と説明している。

 震災後、健康不安が最も懸念されたのは高齢者である。方言で暮らしてきた人も多く、体調を崩したときに適切な治療ができるようにと、言葉の微妙なニュアンスの違いにもこだわった。

 また、避難所には老若男女、さまざまな人が入った。体を清潔に保つのも難しく、陰部などに症状が出た場合、恥ずかしさから言葉にできないこともあった。

 印刷した語彙集や語彙図を手元に置きながら診察すれば、患者は指し示して症状を訴えられる。支援ツールはそんなデリケートな状況も想定している。

 この取り組みは手応えがあり、評価もされた。昨年の熊本地震でも継承されている。発生直後に今村さんは九州の研究者らと連絡を取り合い、急いで支援ツールの熊本版を作った。今後も仲間の研究者と協力し、日本各地の方言をカバーできるよう、支援ツールを充実させていく考えだ。

 震災は方言が理解できるかできないかで、命に関わる深刻な状況が生まれることを示した。

 今村さんは「災害列島の日本ではいつどこで同じ事態が起きないとも限らない。方言の大切さを人権の視点から掘り下げる必要があるのではないか」と話す。

 方言を守ることは、地域の文化やそこで暮らす人々を守ることにつながる。逆に方言を失うことは地域社会を揺るがし、衰退を加速させる恐れを高める。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)が8年前、世界の約2500の言語や方言が消滅の危機にあると警告した。日本ではアイヌ語が極めて深刻とされ、東京都の八丈島や沖縄本島を含めて南西諸島に広がる各方言も重大な危機、危険な状況とされた。

 事態はもっと深刻である。東日本大震災の被災地では一部の都市を除いて人口流出が続き、方言を使う人のつながりが断たれている。研究者の調査では南西諸島の方言と同じくらい危機的な水準の方言もあるとされる。



   <視野を広げる機会に>

 松本市出身で、危機言語問題に取り組んできた和歌山大の遠藤史副学長は「方言を守ることは世界の危機言語を守ることと同じ意味を持つ。言語学にもっと関心を寄せてほしい」と訴える。

 方言は標準語に劣る。方言は恥ずかしい。そんな思いを抱きがちな人が多いかもしれない。

 話者の多さ、少なさに関係なく方言や言語に優劣はない。東日本大震災は多くの不幸をもたらしたけれど、方言の復権を促したことは間違いない。この流れを大切にしたい。日本も含め、世界に排他的な風潮が広がる中、視野を広げてくれる可能性がある。

(2月26日)

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