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無言の帰宅「どうして…」 県防災ヘリ墜落

 9人が犠牲になった県消防防災ヘリコプター「アルプス」の墜落事故。7日、無言の帰宅をした隊員の遺族、パイロットを知る女性らが悲しみを深くした。遺体が安置されている松本署や、隊員が所属した県消防防災航空センター(松本市)には、喪服の遺族らが慌ただしく出入りした。

 ヘリでの山岳救助に憧れていたレスキューのプロ、子煩悩だった父親…。上田地域広域連合消防本部から派遣されていた甲田道昭さん(40)の遺体は上田市上田の自宅に戻った。妻明美さん(39)と道昭さんの両親が信濃毎日新聞の取材に応じた。

 「いつかヘリに乗って山岳救助をしたい」。仕事の話をあまりしない道昭さんは、昔から口にしていた。2011年3月の東日本大震災で捜索隊員として仙台市に駆け付けた際、ヘリの救助活動を見た。明美さんは「その時、より一層思いを強めたのかな」と推し量る。人命救助は自分の使命―と、自宅でも救助の練習や筋力トレーニングなどで自分を磨き続けていた。

 14年4月、県消防防災航空隊員になってから「技術や知識は自分で習得できるが、救助はチームワークが大切」と常々話していたという。

 3年間の派遣はこの3月いっぱいだった。上田広域消防本部幹部から「これから若い隊員を引っ張ってくれ」と励まされた―と道昭さんは笑顔で、明美さんに打ち明けたばかりだった。自分がやってきたことを伝えたいと意気込んでいた姿を明美さんは忘れられない。

 道昭さんは中2、小5、2歳の娘3人の父親でもあった。明美さんは「よく子どもと遊んでくれる子煩悩ぶりでした」と振り返った。年に2、3回は上田市菅平高原でスキーを楽しみ、滑り方を熱心に教えた。「子どもが喜ぶなら」と、年に1回は東京ディズニーランドに家族で行った。2月に2歳になったばかりの娘を「目に入れても痛くないほどかわいいとはこのこと」と言っていたという。

 父の明さん(67)は「真面目で優しい子。何事にも一生懸命だった」。母の正子さん(65)と共に、道昭さんと最後に会ったのは事故前日。道昭さんが休日に子どもを連れて実家に遊びに来た。「肩が張っていたので、揉んであげた」と正子さん。何げない会話で別れた。明さんは「まさかという気持ち」だった。「愚痴をこぼすことなく、頑張っていると感じていた。自慢の息子」と声を振り絞った。

 訓練飛行中の事故に、明美さんは「何でこんなことになったんだろう」と漏らした。航空隊が危険な仕事であることは分かっており、覚悟して送り出していたはず。でも「どうして…」との思いが募る。「原因をしっかり調べて、説明してほしい」と訴えた。

 遺体到着後の7日夕、上田地域広域連合を構成する市町村の首長らが弔問に訪れた。広域連合長の母袋創一・上田市長は「傷の様子から、大変な状況だったと推察する。ご遺族の心痛を察すると言葉がない」と語った。

(3月8日)

長野県のニュース(3月8日)