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「戌の満水」新たな絵図発見 小諸での「大崩れ」鮮明に

 江戸時代の1742(寛保2)年に千曲川流域で起きた大水害「戌(いぬ)の満水(まんすい)」の状況を伝える新たな絵図が小諸市の旧家で見つかり、県内の図書館や博物館でつくるNPO長野県図書館等協働機構(長野市)が11日、ウェブサイト「信州地域史料アーカイブ」で公開した。これまで地元伝承だけだった土石流とみられる「大崩れ」の様子などが鮮明に描かれ、小諸市古文書調査室は、水害の全体像を知る上で貴重―としている。

 絵図は、斎藤洋一・市古文書調査室長らが昨年9月、小諸市与良町の庄屋だった小山家の古文書類に紛れていたのを確認。縦1・15メートル、横2・3メートルで、市内の千曲川やその支流、川沿いの道や集落、地形を丁寧に描写している。

 中でも千曲川左岸の袴腰山から千曲川に向けて描かれた、灰色の濁流が勢いよく下る様子が目を引く。「かさはや大くつれ」(風早(かざはや)大崩れ)と書かれており、斎藤室長は土石流とみている。「風早」は現在もある地名だ。

 土石流は東側に記された西浦村(現西浦区)などの集落を外れており人的被害はなかったらしい。斎藤室長によると、この土石流に関する文献記録はこれまでに見つかっていないといい、「絵図は保存状態も良く貴重だ」とする。

 一方、絵図では土石流の西側に当たる小諸市大久保で生まれ育った自営業の依田雄さん(60)によると、地域には「戌の満水でため池が決壊し、風早に流れ下った」との伝承があるという。新発見の絵図について「とても興味深く、見てみたい。地域の防災意識を高めるためにも、絵図から災害を学び直したい」と話している。

 絵図には他に、千曲川河畔の田畑が土砂に埋まった様子も描かれ、裏面にもびっしりと書き付けがある。千曲川右岸の小諸城下で多数の死者が出た様子や、当時の与良町の庄屋・小山藤吉が幕府の役人に復興支援を願い出た記録…。斎藤室長は「役人に対する粘り強い交渉の様子が書かれている。筆者は藤吉で、絵師に絵図を描くよう頼んだのではないか」とみている。

 機構は2016年度、県内で約3千人の死者を出した戌の満水の史料をデジタル化。斎藤室長は事業の一環で小諸市内の古文書を調べていた。「信州地域史料アーカイブ」では、この絵図を含む22点の古文書などを解説付きで無料公開している。アーカイブ名で検索できる。

(4月12日)

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