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あすへのとびら 秘密法の運用実態 国民主権を害している

 日本がかつての過ちを繰り返すのではないか、国民に何も知らされないまま間違った道へ踏み込むことにならないか―。

 読み進むとそんな思いにとらわれる。特定秘密保護法の運用をチェックするために、国会に設置されている情報監視審査会の年次報告である。

 衆院審査会の2016年分が先日公表された。例えばこんなことが書いてある。

 〈「あらかじめ指定」が拡大しすぎていることを踏まえ、適切な規定を定める〉

   <チェックは働かず>

 審査会が443件の特定秘密の内容説明を求めたところ166件に該当する文書がなかった。秘密指定されているのに中身がない。なぜそんなことになるのか。

 秘密情報が発生することを想定して、政府があらかじめ指定したのが理由の一つだ。実際には発生せず“カラ指定”になった。

 中身の吟味なしの指定だった。恣意(しい)的運用の最たるものだ。審査会に参考人で呼ばれた早稲田大学の春名幹男さんも「どう考えても不合理。すぐには理解できなかった」とあきれていた。

 作成後30年以上過ぎた文書が指定されていたケースもあった。

 特定秘密の指定期間は原則として最長30年とされている。超えるときは理由を示して内閣の承認を得る必要がある。

 その文書はスパイ活動に関するものだった。警察の情報収集能力が読み取れるため秘密指定した、との説明だったという。

 〈30年以上過ぎても指定解除しない前例になってしまわないか〉

 報告書に記載されている委員の発言である。

 人の「知識」の指定もあった。文書を廃棄したあと、その情報を覚えている担当職員の、いわば頭の中を指定した。

 この場合、秘密管理の対象は文書ではなく人間になる。秘密に触れた担当者を、仕事から外れた後まで罰則付きで管理する。

 秘密法は健全な社会と共存できるのか―。疑問は尽きない。

 報告書には政府が勝手な判断で指定していることを批判する委員の発言がしばしば登場する。

 〈一般に認知されており、公知であるにもかかわらず、当該情報を指定し続ける理由は何か〉

 新聞に載った情報が指定されていることについての質問だ。

 審査会が中でも問題視したのが安保政策の司令塔、国家安全保障会議(NSC)に関わる特定秘密だ。審査会は一切の情報の提供を政府から拒まれた。

 〈提供するのは困難と、何も聞いていないうちから結論を出されるのは心外〉〈初めから出さないと言うのは僭越(せんえつ)ではないか〉

 厳しい言葉が並んでいる。

 政府はNSCに関しては情報開示するつもりは全くないようだ。これでは国会が安保政策をチェックするのは不可能だ。

 安倍晋三内閣は集団的自衛権の行使容認に踏み切り、安保関連法で自衛隊の活動範囲を広げた。日本が攻撃されなくても、日本と密接に関わる国が攻撃されたときは自衛隊を動かすことができるようになった。

 出動を命ずるかどうかはNSCでの議論を経て首相が決める。どう議論されたかが、国民の代表である国会にも説明されない。これは民主主義と言えない。

 秘密法の運用チェック機関としては国会の審査会のほか、政府内に独立公文書管理監など二つが置かれている。首相の言う「重層的なチェック」である。

 二つの組織は官僚がメンバーでいわば身内である。実効性への疑問がかねて指摘されていた。

 報告書は特に公文書管理監について、職責を果たしていないという意味のことを述べている。秘密文書を直接確認する権限を適切に行使していない、と。

 チェック機関でどうにか機能しているのは今のところ国会の審査会だけだ。しかし心もとない。

 審査会は外部との連絡を遮断するため、電波が通らない部屋で開催される。メモを取ることは許されない。委員が情報を漏らすと処罰の対象となる。活動は秘密法でがんじがらめにされている。

   <廃止を目指そう>

 事務局を拡充し情報の専門家を加えて、与野党8人の委員のサポートを強化する必要がある。「安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」を理由に政府が情報提供を拒める規定は廃止すべきだ。

 秘密法は米国の制度を参考にした。政府はそのうち秘密保持だけを取り入れて、情報開示の仕組みは採用しなかった。

 秘密法は国民の知る権利や国会の国政調査権を定めた憲法に反している。運用チェックの仕組みを整えつつ、廃止する努力をこれからも続けよう。

(5月28日)

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