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「これが戦争だ。無残な姿を撮ってくれ」。諏訪郡富士見町出身の報道写真家樋口健二さん(80)は、旧日本軍の兵士から言われた言葉が今も忘れられない。1970年代の初め、戦傷病者を収容していた療養所を取材したときのことだ

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脊髄を損傷し、尿は管から採っていた。下半身は丸出しの状態で撮影に協力してくれた。写真で多くの人に伝えてほしい―。当時の療養所の医師や患者からはそんな思いが伝わってきた

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心を病んだ元兵士が入所していた療養所も訪れた。病室に入ると、ベッドにいた男性がいきなり直立不動の姿勢を取り、樋口さんに敬礼した。上官と思ったようだ。驚きながらも、とっさにシャッターを切った。「この人の心の中ではいまだに戦争が続いている」と思ったという

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戦後日本が経済大国へ突き進んでいたときである。出版社からは「時代に合わない」「暗い」などと言われ、多くの写真がお蔵入りとなっていた。それから半世紀近く。「忘れられた皇軍兵士たち」(こぶし書房)として、写真集がようやく出版された

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政治も社会もきな臭さが増している。こんな時代だからこそ、と訴える編集者の熱意で出版が実現した。樋口さんは四日市公害や原発問題など、戦後日本の暗部にカメラを向けてきた。戦傷病者を取材したのも、その延長だった。写真の元兵士の消息は分からない。言葉は聞けないが、写真は切々と問い掛けてくる。戦争とは何か、国家権力とは何か、と。

(7月10日)

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