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風樹文庫創立 感謝と決意 岩波書店初代社長への礼状見つかる

岩波雄二郎さん宛ての礼状のコピーを読む信州風樹文庫運営委員長の細野さん=12日、諏訪市の同文庫岩波雄二郎さん宛ての礼状のコピーを読む信州風樹文庫運営委員長の細野さん=12日、諏訪市の同文庫
 70年前の1947(昭和22)年に現在の「諏訪市信州風樹文庫」を創立した中洲村(現諏訪市中洲)の人々の代表とみられる人物が、書籍を提供した岩波書店(東京)の関係者に送った礼状が、12日までに見つかった。同書店初代社長を務めた岩波雄二郎さん(1919〜2007年)宛てで、雄二郎さんの遺族が遺品の中から見つけ、同文庫運営委員長の細野祐さん(80)らが確認した。同村出身の岩波茂雄が創業した同書店を頼り、書籍を手にした村の人々の感激が伝わる内容だ。

 礼状は長さ1メートル余で、筆で書かれている。同文庫の創立直後とみられる昭和22年5月8日付。送り主は「中洲青年学校湯沢梧郎」で、同文庫の前運営委員長、後町広志さん(80)によると、湯沢さんは戦後にできた中洲中学校(現諏訪西中)の初代校長を務めた。

 湯沢さんは礼状で「信州風樹文庫を設立することの出来ると申すことは夢ではないかと思います」とつづり、「希少な書籍をいただいたうえは、運営利用の方法を熟慮研究致し、諏訪の文庫として、ご厚意に応ずべく努力致す覚悟でございます」と記して感謝と決意を伝えている。

 後町さんは湯沢さんについて「当時の青年たちの相談相手で、文庫創立の後ろ盾となった人」とし、「礼状から書籍の提供を受けた当時の喜びの大きさが分かる」と話している。

 雄二郎さんは茂雄の次男。1913(大正2)年に同書店を創業した茂雄が46年に亡くなり、49年に株式会社化した際に初代社長に就いた。遺族から礼状を託された岩波書店は「当時の書籍の価値を示す資料。大切に保管したい」(秘書室)としている。

(7月13日)

長野県のニュース(7月13日)