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監視がむしばむ社会 自由を譲り渡さない

 〈茶色に守られた安心、それも悪くない〉

 フランスの寓話(ぐうわ)「茶色の朝」で主人公が語る言葉だ。共謀罪法が施行された今、この言

葉が耳元で繰り返しささやかれているような感覚がある。

 茶色以外の猫や犬を飼うことが禁じられ、やがて新聞も本も、人の服装も、すべてが茶色に染まっていく。「俺」と友人は、面倒に巻き込まれまいと日々をやり過ごしていたが…。

 茶色はナチスや極右を連想させる色だ。全体主義に傾く社会を映す物語は、翻訳出版された2003年から時を経てさらに日本の状況と重なり合って見える。

 政府の情報を広く秘匿し、漏えいに重罰を科す特定秘密保護法。個人の情報を固有の番号で一元管理するマイナンバー制度。改定された通信傍受(盗聴)法は、捜査機関に課してきた縛りを大幅に緩め、対象犯罪を広げた。

 そして、共謀罪法である。情報の統制・管理が強まるとともに、個人の言動に権力が目を光らせる「監視国家」への道が一段と踏み固められつつある。

 組織的犯罪集団が重大な犯罪を計画(共謀)した段階で一網打尽にする―。そう聞けば、悪いやつらが事を起こす前に捕まるなら安心だと思っても不思議はない。

 その陰に危うさは潜んでいる。茶色に守られているはずの「俺」が、この安心は偽物だと気づいたときには手遅れだったように。



   <目に見えない恐怖>

 共謀を察知するには、常日頃からの監視が不可欠だ。法の後ろ盾を得て、警察は治安機関の色合いを強めていくだろう。プライバシーが侵され、権力が内心に踏み入ってくる危険は増す。

 岐阜県大垣市では、公安警察が、風力発電施設の建設に反対する住民らの学歴や病歴、交友関係まで調べていた。沖縄では米軍基地建設に抗議する人たちの強制排除が繰り返され、中心人物が逮捕されて長期勾留された。

 反原発グループの仲間と福島県に行った埼玉の男性らが逮捕された事例もある。レンタカー代やガソリン代を参加者で出し合ったことが、無許可で営業する「白タク行為」にあたるとされた。

 一つ一つの動きに目を凝らすと、共謀罪法の危うさの核心が浮かび上がってくる。政府や当局にとって目障りな人たちを抑え込む強力な武器になり得ることだ。

 組織的犯罪集団とは何かが不明確で、市民団体が除外されるわけではない。277もの犯罪に共謀罪は設けられた。どうとでも解釈、運用できる余地は広い。

 いつ標的にされるか分からないとおびえさせるだけで効果はある。協力者に組織の内情を探らせる公安警察的な情報収集活動も広がるだろう。刑の減免と引き換えに密告を促す規定もある。

 監視と密告は、目に見えない恐怖を植えつけ、信頼や連帯の回路を寸断していく。その先に見えるのは、権力が強大化した、物言えぬ社会だ。

 東京五輪に向けたテロ対策のために必要だと政府は言い、共謀罪法の本質から巧みに目をそらした。テロを防ぐには自由が少しくらい制限されても仕方ない。そう思う人は多いのかもしれない。

 けれども、自由やプライバシーを譲り渡せば、個人の尊厳は守れない。安全を確保する名目で進む監視や治安権限の強化は、民主主義を窒息させていく。



   <一歩が連帯の力に>

 監視の実態はつかみにくく、暴走する危険がつきまとう。米国では、国家安全保障局(NSA)が国内外のあらゆる電話や通信を監視し、盗聴するまでになった。重大な人権侵害を引き起こす一方で、大量監視はテロ防止に役立っていないと、検証にあたった独立委員会は報告している。

 技術が進展し、今や生活のあらゆる面が監視可能になった。通販で買い物をしても、高速道でETC(自動料金収受システム)を使っても、行動はデータとして記録され、蓄積される。

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用する人も多い。いつどこで何をしていたか。何に関心を持ち、誰とつながりがあるか。ネット空間の痕跡から探ることができる。その現実を踏まえ、プライバシーをどう守るかを考える必要がある。

 自由と権利は不断の努力によって保持しなければならない、と憲法は定めている。茶色く染めずに次の世代に引き継ぐ責任が主権者の私たちにはある。思想、言論が弾圧された時代を再来させるわけにはいかない。

 身をすくめて口をつぐんでしまえば、自由は狭められていく。声を上げ、拒む意思を示したい。一人が一歩を踏み出すことが別の誰かの一歩につながり、連帯する力を生む。

(7月16日)

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