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相模原事件1年 隣り合って生きるには

 重い障害がある人たちの命が次々と奪われた。向き合うことすらつらい凄惨(せいさん)な事件だった。だからこそ心にとどめ、そこに映し出された社会のありように目を凝らさなくてはいけない。その思いを新たにする。

 相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が殺傷された事件から、きょうで1年になる。障害者は不幸をつくることしかできない。だから抹殺する―。逮捕、起訴された男を駆り立てていたのは強い差別意識だった。

 亡くなった人たちの名前はいまだに公表されていない。遺族の多くが口を閉ざしたことも、障害者への差別が社会に根深く残る現実を浮かび上がらせた。

 もう一つ、事件を通して顕在化したことがある。重度の障害がある人の多くが地域で暮らせず、街中から隔たった施設に入らざるを得ない状況だ。

 障害者を受け入れる大規模な施設は1960年代から70年代にかけて全国各地に整備された。やまゆり園もその一つだ。

 欧米ではそのころ既に大規模施設の解体が進み、日本でも80年代から、少人数のグループホーム制度を設けて地域への移行が進められてきた。けれども今なお、状況は大きく変わってはいない。

 やまゆり園の今後についても意見は割れている。神奈川県が当初示した建て替え案は、「社会からの隔絶につながる」と障害者団体などから異論が相次いだ。一方で家族からは「苦労した末、やっとたどり着いた場所」だと、再建を望む声が上がっている。

 多くの障害者が街から離れた施設で暮らすことは、存在を社会から見えにくくする。当事者が声を上げることも、社会が聞き取ることも難しくなる。互いに姿が見える場所で隣り合って生きることは何より大切だろう。

 地域社会の中で生きることは、人間として当たり前の権利だ。その妨げとなっている差別意識にどう向き合うか。私たち一人一人が問われる。

 重い障害があっても地域で暮らせる社会的な支えを拡充し、生活の軸足を少しずつでも地域に移していけるようにしたい。グループホームを運営する人たちなどが、施設を出て一緒に暮らそうと働きかけるようなかたちで、移行を進められるといい。

 神奈川県は、障害がある当事者たちが自ら声を上げ、権利を獲得する運動の中心になってきた地域だ。議論を重ね、全国の先例となる取り組みにつなげてほしい。

(7月26日)

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