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松代城跡「三日月堀」護岸の遺構確認

松代城跡の三日月堀の護岸遺構。石の列の右側が堀だったとみられる松代城跡の三日月堀の護岸遺構。石の列の右側が堀だったとみられる
 長野市教委は26日、松代地区の松代城跡で2015年に国史跡に追加指定された範囲を発掘調査した結果、「三日月堀」の護岸の遺構を確認したと発表した。堀の存在は江戸時代の絵図などで知られていたが、実際に確認されたのは初めて。29日に現地説明会を開く。

 三日月堀は、防御力を高めるために城門の前に築かれた半円形の「丸馬出し」に併せて造られ、戦国武将・武田氏の築城技術の特徴とされる。護岸の遺構が見つかったのは城跡の東側。縦10メートル、横10メートル、深さ2メートルほどを発掘し、石や盛土を確認した。堀の水で浸食されないよう、石を粘土で固めたとみられるという。

 松代城は、戦国時代に武田氏と越後の上杉氏が争った「川中島の合戦」で永禄3(1560)年ごろ、武田方の拠点「海津城」として造られたと伝わる。三日月堀は、元和8(1622)年に真田家が松代藩に移封された頃の絵図に描かれているといい、市教委は、今回の遺構が城の当初の姿を知る手掛かりにもなり得るとみている。

 遺構の石には直径約2メートルの大きなものもあり、担当者は「大掛かりな土木工事が行われたことが分かる」と説明。小さな石を使った方が隙間を減らせて浸食防止には効果的なため、巨石を使った三日月堀は珍しいという。市教委は今後、巨石を使った目的なども探りたいとしている。

 この発掘調査では、城跡の南側にある「二の丸」の土塁の痕跡も確認した。

 現地説明会は午前10時から。申し込み不要。問い合わせは市教委文化財課(電話026・224・7013)へ。

(7月27日)

長野県のニュース(7月27日)