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あすへのとびら 「本の寺子屋」活動 出版再生につなげたい

 韓国には高麗時代の13世紀に作られた「八万大蔵経(だいぞうきょう)」が保存されている。蒙古軍の侵略で焼失した仏教教典の版木8万1千枚を復刻した世界記憶遺産だ。

 韓国は早くから活字文化が栄えた。1980年代に書籍の発行点数が世界10位に入った。その出版界が今、構造不況にあるという。

 塩尻市立図書館などが6月に開いた「韓・日出版文化フォーラム」。韓国出版学会の李文学会長が基調報告、読書離れの実態や出版界の活路を開こうと模索している取り組みを紹介した。

 韓国側は今回、研究者ら29人の訪問団が参加した。同図書館の視察や意見交換が目的だ。最も関心を寄せていたのが2012年から開いている連続講座「信州しおじり本の寺子屋」である。

 フォーラムでは中野実佐雄館長が実績や課題を説明。寺子屋を発案・企画した編集者の長田洋一さん(安曇野市)と元館長の内野安彦さんが対談した。

   <著者と読者の交流>

 本の魅力を発信し、出版文化の可能性を考える―。寺子屋の目的である。

 著者らを講師に招いて年間13〜15回の講座を開催。各年度延べ700〜千人が参加した。

 本年度は16講座を企画した。小説家・画家の長野まゆみさん「作家生活30年を振り返って」(8月6日)▽ノンフィクション作家佐野真一さん「唐牛健太郎の魅力―『唐牛伝』執筆の動機」(9月10日)―などを予定している。

 地元出身の出版人にも光を当てている。8月19日には出版社「哲学書房」を創立した故中野幹隆さんについて語る講演もある。

 特徴は、著者、出版社・取次店、書店、図書館、そして読者をつなぐ場を提供していることだ。

 「本は単なる情報の集積ではなく、作り手の思いのこもった贈り物」(中野館長)。贈り物がどんな過程で作られ届くのか。作り手、売り手と読者で共有できれば、その価値はより高まろう。

 本に関わる人たちの交流や連携は、出版文化のあり方を問い直す機会にもなっている。

 「本離れ」は深刻だ。6月に日本世論調査会がまとめた調査がある。漫画と雑誌を除いた本を1カ月に読む冊数が「0冊」の人が3人に1人に上った。

 書籍と雑誌を合わせた紙の出版物の売り上げは昨年まで12年連続で前年割れだ。街の書店が閉じ、取次会社も厳しい。ネット通販の広がりは出版・流通のシステムを大きく揺さぶっている。

 図書館は人気本を複数冊購入(複本)するところが少なくない。貸出件数は増えるものの人気の寿命は短いことが多く、やがて不要になった本を処分せざるをえない。本の購入予算は限られるから住民に本当に必要な良書をそろえるのにお金が回りにくい。

 人気本の複本に関しては作り手側との間にすきま風が吹く。図書館の貸し出しが書籍の売れ行き不振に拍車を掛けているとの声が出版社から出ているからだ。

 「本の危機」は、スマホから情報が手軽に、しかもただで得られるようになった影響が大きい。そうであっても活路はあるはずだ。出版文化の担い手が互いに連携し、読者と向き合えば知恵や工夫も生まれるのではないか。

   <公共図書館の役割>

 塩尻市立図書館は複本のルールを設けている。原則として複数冊を所蔵しない。貸出予約が多い場合、件数に応じて追加購入できるが4冊が上限だ。

 公共図書館の意義や役割とは何か。見えてきた問いだ。他県では民間委託の動きが進む。県内でも検討課題に挙げる自治体がある。

 図書館は貸出件数など数字のみで評価できない。蔵書の選定、配架の工夫、情報提供…。司書の力を生かし住民の知る権利にこたえているか。そんな視点から身近な図書館を見直す必要がある。

 塩尻の取り組みを紹介する本「『本の寺子屋』が地方を創(つく)る」は、韓国で翻訳され出版されることになった。

 国内からの視察も増加。熊本市と山梨県甲斐市は塩尻に学んで活動を実践に移そうとしている。

 中野館長はフォーラムで地元出身の出版人古田晁(あきら)の筑摩書房創設のあいさつ文を紹介した。

 〈このパルプ飢饉(ききん)のさなかに、敢(あえ)て出版事業を企てる私にとって、かの太古の哲人たちが、木を切り、竹を割き、一字一字を彫りつけて、正しい知識と情熱とを世に広めたことに思いをいたすことは、おのづから私をして決意せしむるものがあります〉

 「底に流れるメロディーやページをめくる時の風」。長田さんが表現する本の魅力だ。著者の思いと出版人の矜持(きょうじ)を乗せ読者に届ける。そんな営みを積み重ね、出版文化の再生につなげたい。

(7月30日)

長野県のニュース(7月30日)