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親子2代で甲子園 胸躍る 長野市出身の鳥羽選手

打撃練習で快音を響かせる鳥羽選手。俊足を生かし「甲子園でも盗塁を決めたい」=4日、甲子園球場打撃練習で快音を響かせる鳥羽選手。俊足を生かし「甲子園でも盗塁を決めたい」=4日、甲子園球場
 8日開幕する第99回全国高校野球選手権大会に、長野市出身の鳥羽晃平選手(18)が東東京代表の二松学舎大付属高校(東京都千代田区)の2番、中堅手として出場する。父の明広さん(50)=旧姓岩瀬=も篠ノ井高校(長野市)の中堅手として1984(昭和59)年夏の甲子園に出場。4日に行われた甲子園練習で、かつて父も立った中堅の位置から球場を眺めた鳥羽選手は「普段とは違う景色。ワクワクした」と胸を躍らせた。

 鳥羽選手は長野市篠ノ井東中で陸上部に所属し、週末に中学硬式野球の長野東シニアに在籍した。全国大会にも出場し、「さらにレベルの高い環境で野球がやりたい」と決意。長野東シニアの藤嶋一利監督と二松学舎大付の市原勝人監督が社会人野球のNTT信越(現信越クラブ)で先輩後輩という間柄だったこともあり、春5回、今回を含めて夏2回の甲子園出場がある同高に進んだ。

 県中学総体1年100メートルで優勝もした鳥羽選手は、50メートル5秒8の俊足を買われ、1年夏から二塁手や中堅手で公式戦に出場。だが、甲子園が懸かった1年秋と2年夏秋の予選は全て1点差で惜敗した。

 特に忘れられないのは関東一(東京)と対戦した1年秋の東京都大会決勝。1点を追う九回1死満塁で打席に立った鳥羽選手は投ゴロ併殺に倒れ、勝った関東一が翌春の選抜大会代表に選ばれた。悔しさを胸に人一倍バットを振り続け、この夏の東東京大会は4割5分5厘の高打率。「最後の打者になった悔しさがあるからいまの自分がある」と言えるまでになった。

 野球部保護者会長を務める明広さんは「息子が同じ舞台に立つなんて不思議な気持ち。いい指導者と仲間に恵まれて幸せ」。自身は果たせなかった甲子園での勝利を目指し、大会期間中は現地でチームをバックアップしている。

 「甲子園で勝つために厳しい道を選んだ。次は監督さんを日本一にしたい」と鳥羽選手。大会第6日(13日)の初戦で、秋田県代表の明桜高校と対戦する。

(8月8日)

長野県のニュース(8月8日)