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はだしの少年が川岸の火葬場にやってきた。息絶えた幼い弟をおぶって唇をかみしめ、直立不動で順番を待っている。ジョー・オダネルさんは心揺さぶられシャッターを切った。原爆投下後の長崎に入った米海兵隊のカメラマンだった

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係員が弟を下ろし炎の中に横たえた。少年の顔が赤く染まる。まっすぐ前を見続け背筋を伸ばして立っていた少年は、やがて回れ右をすると一度も振り返ることなく歩き去った―。オダネルさんが著書「トランクの中の日本」に記した少年との出会いだ

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惨状を忘れたいと帰国後300枚のネガをトランクに押し込め、ホワイトハウスのカメラマンとして活躍した。被ばくした体は病魔に侵されていく。原爆の不条理を訴えるのが使命―と決心し43年ぶりにトランクの封印を解いた。各地で写真展を開き、4度来日して少年を捜した

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願いはかなわず10年前の長崎原爆の日に85歳で亡くなった。存命ならば憤るに違いない。核兵器禁止条約に日本が反対したことだ。「ノーを突きつけるのは、被爆者の頬をはたくことに等しい」と批判されている。被爆国日本が少年の頬をはたいている

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美術史家吉岡栄二郎さんの「『焼き場に立つ少年』は何処(どこ)へ」(長崎新聞社刊)は少年の行方を追った記録だ。特定には至らなかった。時間の壁もありこれ以上の情報は得にくい。この「沈黙の一葉」(吉岡さん)からどんな言葉をくみ取り子や孫に伝えていくか。考えずにはいられない。

(8月9日)

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