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焼岳噴火直後の写真か 松本市立博物館所蔵の6枚

1915年6月6日の焼岳噴火直後に上高地で撮られたとみられる写真。水の中に泥流が押し寄せた様子が写っている(松本市立博物館所蔵)1915年6月6日の焼岳噴火直後に上高地で撮られたとみられる写真。水の中に泥流が押し寄せた様子が写っている(松本市立博物館所蔵)
 松本市立博物館が所蔵する北アルプス・焼岳(2455メートル)周辺を撮影した写真6枚が、1915(大正4)年6月の焼岳噴火から10日以内に撮影された可能性が高いことが9日、分かった。6枚の中には、現在の大正池形成につながったとされる噴火口からの泥流が水の中に流れ込む様子を捉えた写真もある。専門家は「焼岳噴火と大正池誕生に関する研究に役立つ貴重な資料」とみている。

 写真は全て白黒。噴煙が立ち上る焼岳などがある。6枚にはいずれも「デビス」の名が裏書きされている。市立博物館が所蔵していたが、撮影時期などは分かっていなかった。これまで火山研究者らの間で撮影時期が明確だった別の写真は噴火から約1カ月後の様子を写したものだった。

 上高地の歴史や文化について複数の著書がある市城北公民館主事の牛丸工さん(61)によると、「デビス」は北アを海外に広めた英国人宣教師ウォルター・ウェストン(1861〜1940年)が、外国人旅行者に書き込んでもらうため、上高地の宿泊施設に1914年に置いた日記帳「クライマーズ・ブック」に登場する米国人宣教師の「J・メルル・デイヴィス」と同一人物とみられる。デイヴィスは「焼岳の噴火1915年6月6日」と題し、噴火の様子を同15日に日記に書いた後、下山している。

 写真の裏面には台紙からはがした跡もあり、牛丸さんが今冬調べたところ、噴火当時、松本測候所の職員だった大久保久寿(故人)の遺品にあった写真帳のはがし跡と一致した。大久保は噴火から3日後の6月9日に上高地を拠点に焼岳噴火の調査を始めており、デイヴィスから噴火の様子を聞いたという記録も残っている。

 その後、市立博物館の調べで、大久保が写真を前身の施設に寄贈したことが別の記録からも確認できた。牛丸さんは「デイヴィスが大久保に写真を託した」と推測。デイヴィスがクライマーズ・ブックに記す15日までに撮影した可能性が高いとみている。

 クライマーズ・ブックの全訳本は昨年8月、信濃毎日新聞社などの刊行会が出版。6枚の写真の撮影時期は、出版をきっかけに判明した。

(8月10日)

長野県のニュース(8月10日)