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「政治改革」信じた道 羽田孜元首相死去 悼む声

 非自民連立政権樹立や選挙制度改革に中心的役割を果たし、28日、82歳で死去した羽田孜元首相。日本の政治史に残る大転換で同志だった政治家らは、常に信じる道を進んだ盟友との別れを惜しんだ。

 共に自民党を集団離党して非自民連立政権の樹立を主導した小沢一郎・自由党共同代表は東京都世田谷区の自宅を弔問。「同期で、半世紀近い政治生活を一緒の方向を向いてスクラムを組み、手をつないでやってきた」と沈痛な表情で言葉をつないだ。

 1995年の新進党(当時)の党首選で対決したこともあったが、「いっちゃん」「つとむっちゃん」と呼び合う盟友関係。非自民勢力の結集を目指した当時を振り返りつつ「日本に民主主義をしっかりと定着させ、いつでも国民が政権を託せる与党と野党が存在しないといけない。その道半ばで羽田さんを失ったけれど、生きている分、頑張ろうという思いだ」と述べた。

 細川護熙元首相も弔問後、「政治改革をしようと同志として一緒にやってきた思い出がたくさんある」。細川内閣で副総理兼外相を務めた羽田氏について「人柄が非常に温かく、何でも相談できた。難しい8党派の連立で、各党との連携なども随分人柄でカバーしてもらった」と話した。

 鳩山由紀夫元首相は取材に「誰からも愛され、人間としても素晴らしい方。とても慕っていただけに寂しい」。差し入れにもらったことがあるおやきを見るたびに「羽田さんを思い出す」と懐かしんだ。

 「四半世紀を共に過ごしてきた。寂しさの極みだ」。元民進党参院議員の北沢俊美元防衛相は長野市内で残念そうに話した。自民党を離党した当時を振り返り、「順風満帆の政治活動を投げ捨てて野に下ったのは、並大抵ではない。国民主権に基づく政権交代可能な二大政党制をつくる信念があった」と評価した。最後に会ったのは昨年の夏ごろ。「昔話をすると笑ったり、手を差し出してきて握手をしたりした」

 当選同期の渡部恒三元衆院副議長は「信頼できる弟のような存在だった。言葉にならない」。石井一元自治相も「彼には敵がいなかった。多くの仲間が自民党に復党したが、決断したからには筋を通す純粋な男だった」と悼んだ。

 民進党の蓮舫代表は「私が行財政改革を追い求めてきたのは、あの時代の羽田さんが残された功績の印象がとても大きかったからだ」と話した。

 自民党幹部らも自宅を弔問した。二階俊博幹事長は「人柄は温厚篤実に尽きる。いま一度ゆっくりと顧みて話し合いたかった」と惜しんだ。森喜朗元首相も弔問した。

(8月29日)

長野県のニュース(8月29日)