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四半世紀前の話で詳細はおぼろげだが、強い印象が残った。東京から長野に向かう特急列車の中で羽田孜さんの隣に座らせてもらい取材した時のこと。自分の原体験から反戦と平和への思いを1時間近く語り、メモが追いつかなかった

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アジアの人々への加害責任に話が及び、こう述べた。「日本が謝罪を続けることに誇りを持ちたい」。保守の政治家のイメージが変わった。羽田内閣の法相が「南京大虐殺はでっち上げ」と発言すると、即座に更迭したのは、その信条が表れた例だろう

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一徹な人だった。「熱病に侵されている」と言われながらも「政治改革」を訴え続けた。中選挙区制が腐敗の元凶と確信。小選挙区比例代表並立制への移行を主導した。「私が地元選挙区から出られなくても構わない」。新宿駅前の街頭演説で雨にぬれながら覚悟を示すのを見た

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首相時代の口癖は「一日一生」。社会党の連立政権離脱で少数与党内閣発足を余儀なくされた。組閣時の記念撮影の険しい表情を思い出す。短命も予期していたからこそ、毎日精いっぱい職責を果たすことを自分に言い聞かせていたのではないだろうか

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温厚で気さくな人柄。大物ぶらず市民の間に分け入り、地元上田の盆踊りの輪にも加わった。そんな性格もあってか自民党時代、金丸信氏に「平時の羽田」と呼ばれた。だが、内閣総辞職後の政界再編の荒波を含め、駆け抜けたのは乱世の時代だった。82歳の訃報である。冥福を祈りたい。

(8月29日)

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