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神楽屋台 地域の宝に 小川

池田文四郎作と確認された神楽屋台。巧みな彫刻が目を引く池田文四郎作と確認された神楽屋台。巧みな彫刻が目を引く
 上水内郡小川村小根山の日影地区にある神社「十二社」の神楽屋台が、江戸後期から明治期に活躍した諏訪立川(たてかわ)流の流れをくむ宮大工、池田文四郎(1830〜86年)の作と確認された。小さいながらも精巧な彫刻がふんだんに施され、技術の高さをうかがわせる。村内には同様の神楽屋台が数多く伝わっており、関係者らは地域の宝として見直したいと語らっている。

 池田文四郎は旧水内郡妻科村(現長野市新田町)の生まれ。諏訪郡下諏訪町の諏訪大社下社秋宮神楽殿(重要文化財)などを手掛けた立川流2代目、立川和四郎冨昌(わしろうとみまさ)(1782〜1856年)の弟子とされる。

 今回の神楽屋台は、高さ126センチ、屋根は幅87センチで奥行き97センチ。力神や象、獅子、十二支、仙人などが巧みに彫られている。8月中旬、収納する木箱に「大工善光寺妻科村新田組池田文四郎作之」との墨書きがあるのを、宮大工研究家の草間律さん=長野市=が確認。彫り物の作風も一致すると判断した。作られたのは1876(明治9)年から77年にかけて。1911(明治44)年に集落で起きた大火でも焼失を免れた。

 諏訪信仰ゆかりの「手長」「足長」の像も目を引く。日本建築史が専門で立川流を研究する水野耕嗣・岐阜高専名誉教授(75)=名古屋市=によると、手長、足長像が戦前までに山車などに刻まれた例は21件(現存18件)で東海地方と長野県に多く、県内では4件が分かっていた。「全国的にみて面白い題材」で、立川流彫刻の特徴の一つだ。

 今後、草間さんが調査概要を報告書にまとめ、村教委は地元に配ったり、必要に応じ住民に説明したりする考え。確認に立ち会った村文化財審議委員の小林〓之(よしゆき)さん(77)は「保存していく上で張り合いになる」と喜ぶ。

 村内では、菅沼地区の神楽屋台も、近年の調査で1882(明治15)年の池田の作と分かっている。村郷土歴史館「ふるさとらんど小川」で展示されている古山地区や長野市の妻科神社の神楽屋台もその可能性があるという。

 村内の各地区に伝わる神楽屋台は37台。うち19台には、江戸後期から明治期に新潟県や北信地方を中心に活躍した宮彫師の北村喜代松(1830〜1906年)、四海(1871〜1927年)親子らが彫り物を施している。池田の作品も含め、村は今年、神楽屋台の調査に乗り出した。

 福島誠教育長は「神楽は住民にとって身近だが、誰がいつ作ったか知らず、今まで価値が分かっていなかった。なるべく早く記録に残していきたい」と話している。

(8月30日)

長野県のニュース(8月30日)