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学力テスト 続ける理由、見いだせない

 2007年度の導入から10回目となった全国学力テストは、過度な競争や序列化による弊害があらわになっている。全国一斉、全員参加のテストをさらに続ける意味は見いだせない。区切りをつけるべきだ。

 本年度の結果を文部科学省が公表した。読み取れることは例年とほとんど変わりない。平均正答率の地域差は縮まる傾向にあるが、年によって問題の難易度が異なるため、学力が上がったかどうかは確かめようがない。

 過去の問題を解く「事前対策」が広がり、授業時間を削って対策に充てる地域もある。学力をどれだけ正確に測れているか疑問だ。平均点を上げ、順位を上げなければという圧力が、教員と子どもをせき立てている実態がある。

 競争激化の歯止めは、なし崩しに外されてきた。文科省は当初、市町村や学校別の成績の公表を禁じたが、従わない自治体が次々に出てくると、追認する形で市町村教委の判断に委ねた。

 成績上位校の校長名を公表した県や、成績が上がった学校に「応援費」を出した県もある。子どもの学習の成果と課題を把握して教師の指導に役立てるという趣旨はかすんでいる。

 長野県内77市町村教委への本紙の取材で、学力テストのあり方を見直す必要があると答えたところが3割の22教委に上った。少なくない数だ。点数や順位に目が向き、競争をあおるだけになっている、と厳しい指摘もあった。

 子どもの学習の成果を確かめ、どう指導するかは本来、現場の教師たちが日々、子どもと向き合いながら考えるべきことだ。全国一律、一斉のテストの強制は、教育の自主性や独立性を損なう国家統制の色合いが濃い。

 点数で測れるのは学力の一面でしかない。不毛な点数競争に子どもを追い立てれば、学校は息苦しさを増すばかりだ。

 一方で、教員の長時間労働は深刻である。いじめ、家庭の困窮、虐待など、複雑な事情にも目を配り、子ども一人一人と丁寧に向き合うことが難しくなっている。

 学校に余裕を生まなければ、教育の充実はおぼつかない。学力テストには毎年およそ50億円かかっている。その費用は、教員数の確保をはじめ、学校教育の条件整備に振り向けるべきではないか。

 学力の状況の把握は、抽出方式で足りる。毎年行う必要もない。文科省は学力テストが学校現場に何をもたらしたかを検証し、教育行政のあり方を再考すべきだ。

(8月30日)

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