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戦前の日本で空襲に備えた「防空演習」は1928(昭和3)年7月に始まった。大阪市を皮切りに各都市に広がっていく。当時は空襲への危機感が薄く、市民の関心も盛り上がらなかった。そこで国は訓練の中心に防毒対策を据えた

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毒ガス兵器が使われた第1次世界大戦の記憶が生々しい時代だ。空襲によってまき散らされる毒ガスの脅威を強調して恐怖や不安をあおる。そうすれば地域社会や市民を「下から」動員できる。管理・統制するのにも効果的との判断があったとみられる

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対策は「自己防護」が中心。各家庭に防毒マスクを備える。麻糸などに防水紙や障子を貼り合わせ、下部は書籍などで押さえて隙間をふさぐ「防毒蚊帳」を設置する…。実際の防毒効果より国民の緊張感を高めることに主眼が置かれていた(水島朝穂・大前治著「検証防空法」)

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携帯のアラーム音が鳴り、防災無線のサイレンが「ホワーン、ホワーン」と響く。日常に突然割り込んだ非日常に身がすくんだ。「頑丈な建物や地下に避難してください」と呼び掛けられても、どこにどう逃げたらいいのか困惑する人が多かっただろう

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北朝鮮のミサイル発射だ。無法ぶりは論外だが日本政府も脅威をあおり過ぎていないか。戦前の日本は防空法によって国民に訓練参加や応急消火を課した。太平洋戦争中、米軍の空襲で数十万人の犠牲者を出した要因だ。国民が動員されて苛烈を極めた災いの歴史にも目を向けておきたい。

(8月30日)

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