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あすへのとびら 現役世代の地方回帰 「もう一つの」構想力を

 過疎市町村にとって光明となるだろうか。

 島根県益田市の「持続可能な地域社会総合研究所」が、全国市町村の2045年の人口状況を予測した「持続可能性市町村リスト」を公表した。

 過疎指定797市町村のうち、15年比で9割以上の人口を維持でき、高齢化率も低下する自治体は328に上る、と分析している。896市区町村に「消滅の可能性がある」とした、3年前の日本創成会議の見通しと随分異なっている。

 研究所の分析から、20〜40代を中心に現役世代が都市から地方へ移住する“田園回帰”の傾向がうかがえる。

 研究所は10年と15年の国勢調査を基に人口動態を調べた。自然減が進むものの、過疎地域の93市町村で、転入者が転出者を上回る社会増が起きていた。長野県の生坂村、松本市、大鹿村、麻績村、北相木村、佐久市が含まれる。結婚や出産の機会が多い30代の女性が327市町村で増えている。

 こうした動態が続くことを前提にすると、45年時点で13町村が(1)人口の9割以上を維持(2)子どもの人口を維持(3)高齢化率の低下―の3条件を満たす。人口を年1%未満ずつ増やせれば、315市町村でも達成できるという。

 研究所の所長で元島根県立大連携大学院教授の藤山浩(こう)氏は、「田園回帰1%戦略」を提唱する。毎年、総人口の1%に当たる定住者が過疎地域に来れば、人口を安定的に維持できるとの理論だ。

 全国の過疎市町村の全てに1%ずつ人々が流れたとしても、総数は10万人ほど。東京圏への流入超過とほぼ等しい。

 内閣府が14年に実施した「農山漁村に関する世論調査」も、研究所の分析を裏付けている。

 都市に住む20歳以上の男女に、農山漁村への定住願望があるか尋ねたところ、31・6%が「ある」と答えている。05年の前回調査から11ポイントも増え、20代では4割近くを占めた。都市よりも農山漁村の方が子育てに適していると回答した割合は、20代で56・8%、30代で50・0%に上った。

    <豊かさの転換点>

 地方への移住を志向する理由は何だろうか。

 長野県の各地で活躍する地域おこし協力隊員からは、こんな声が聞かれた。「自然が豊かでほどよい人間関係がある」「いろいろな人と出会えるのが大きい」「今あるもので満足でき、幸せは自分で生み出せると気付いた」

 互いに関心を持ち合う人と人との関係性、豊かな自然環境、祭りや郷土食といった伝統文化。過疎地域が保持してきた営みに、都会の人々が引かれている。

 資本主義経済、成長路線の限界が指摘されている。貧困や格差の拡大、資源の枯渇、水や食料の不足、温暖化に伴う異常気象や生態系の危機が世界的な問題となっている。経済、歴史、哲学、芸術、脳科学、物理学…さまざまな分野の専門家が新たな価値体系を提言し始めている。

 京都大こころの未来研究センター教授の広井良典氏はこうした現在を、無理を重ねて物質的な豊かさを実現してきた状況からの転換点と位置付ける。地方への移住は「本当の豊かさや幸福を考えていく時代の入り口」の現象とみる。

 ならば、地方での「もう一つの生き方」を確かな流れにしたい。

   <安定した営みへ>

 無論、価値観だけでは生活は成り立たない。移住を希望する人たちも、受け入れる側の住民も、地域に必要なこととして、スーパーなどの生活施設や医療施設、介護施設の整備、交通手段や仕事、教育機会の確保を挙げている。

 分散する集落をつないで身近な生活圏をつくる。食料やエネルギーをはじめ衣食住に使う物をできるだけ自給して循環させる。藤山氏や広井氏らが描く、これからの中山間地域のあり方だ。

 住民や事業者、各種団体が圏域の運営に参画し、例えば運送業者がタクシー業を兼ね、スーパーはデイサービスを提供する。足りないサービスは、より広範囲の二次的な生活圏で満たしていく。

 安倍晋三政権は成長戦略の一環として地方創生を打ち出した。補助金目当てか、自治体は国が指示するままに地方版戦略を策定した。その戦略には、効果が疑わしい従来の施策を焼き直しただけの事業も数多く盛られている。

 自治体内の各地域の要請に添った戦略なのか。過疎地域まで行き届く中身なのか。いま一度、見直さなければならない。

 研究所の予測では、人口減少率が45年までに50%を超える過疎市町村も371に上っている。手をこまぬいていればだ。安定した地域の営みに向け、移住という新たな価値観を味方に付ける構想力が、地方に求められている。

(9月3日)

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