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「これで3度、殺された」。遺族はそう言って唇をかんだという。沖縄戦で住民が集団自決した沖縄県読谷村の自然壕(ごう)チビチリガマ。遺品の瓶やつぼが壊され、破片が遺骨の眠る地面に散乱していた。地元紙は1面トップで伝えている

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1945年4月1日、米軍が沖縄に上陸。ガマに逃げ込んだ住民は竹やりで抵抗した。投降の呼び掛けに応じず翌2日、壕内でお互いを手にかけた。83人が亡くなった。皇民教育を受け、「鬼畜米英」を信じ込まされてきた。国家が強いた死でもあった

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住民は記憶を長く心の底に閉じ込めた。ノンフィクション作家の下嶋哲朗さんの調査に体験を語り始めたのは1983年。ガマは慰霊と平和を祈る場になった。87年、入り口に建てた平和の像が右翼関係者に壊された。この時「死者は2度殺された」と語ったのが比嘉平信さんだ

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戦後、捕虜を解かれて故郷に戻り親戚15人が亡くなったことを知った。だがガマで何が起きたのか、集団自決とは何か、誰も話してくれなかった。そんな時、下嶋さんの調査を知り手伝いを申し出た。「何も解(わか)らないまま忘れられては犬死にですな」と

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遺族の初代会長も務めた比嘉さんは像の破壊後、活動から身を引こうとした。だが像を再建した除幕式で「2回3回ぶんなぐられても立ち上がる」と宣言した。下嶋さんの著書「非業の生者たち」に詳しい。今回の暴力は正体が見えない怖さがある。泉下の比嘉さんも心配しているだろう。

(9月14日)

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