長野県のニュース

斜面

夜明け前の空と海に閃(せん)光(こう)が走り黄白色の世界に変わった。地鳴りのような振動が押し寄せる。1954年3月1日、太平洋ビキニ環礁で米国が行った水爆実験。160キロ離れた洋上でマグロ漁船「第五福竜丸」が遭遇した出来事である

   ◆

やがて降ってきた白い粉を浴び乗組員23人が被ばくする。焼津港に戻るまでに肌が黒ずみ、皮がむけた。髪の毛も抜けた。無線長の久保山愛吉さんは若い乗組員のまとめ役だった。転院先の都内の病院でもその役割を果たした。半年後、容体が急変する

   ◆

「お父ちゃん、お父ちゃん」。妻のすずさんと3人の女の子が叫んだ。息を引き取るとベッドを囲んだ乗組員が声を上げ泣いた。その一人、大石又七さんが自著「死の灰を背負って」に書いている。〈なぜか俺は涙が出なくて困った…怒りの感情が高ぶって体が固くなっていた〉

   ◆

久保山さんが40歳で亡くなり23日で63年。折しも国連で122カ国の賛成で採択した核兵器禁止条約の署名が始まった。日本は名を連ねていない。むしろ核廃絶に逆行するかの対応だ。インドへの原発輸出はパキスタンとの核開発競争をあおりかねない

   ◆

大石さんは何度も大病を患い、最初の子どもは死産だった。80歳を越えても証言活動を続けてきた。その願いは福島の原発事故に裏切られた。「原発も核兵器も根っこは同じ。その怖さをビキニは警告したのに無視した」。核に依存する政治への満身の怒りが大石さんを突き動かしている。

(9月21日)

最近の斜面