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9月下旬、取材でロシア極東のハバロフスクを訪ねた。街中で地図を見ていたら、小さな娘を連れた中年の男性が声をかけてきた。「お手伝いしましょうか」。目的の飲食店を示すと、近くはないのに店まで案内するという

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男性は地元の電話会社に勤める会社員だった。家族で沖縄や東京を旅行し「深い文化と高い技術。日本がとても気に入っている」と笑顔を向ける。紅葉が始まった並木通りで、親子連れや恋人たちがくつろいでいた。歩きながら男性が言う。一人なら家に来て食べませんか?

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よほど心細げに映ったのかもしれない。あるいは社交辞令か。それでも日本人への厚意が声音にこもっていて、うれしいような後ろめたいような気持ちになった。こちらは極東の知識が乏しく、縁遠くさえ感じてきたからだ

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安倍晋三首相は、日ロの共同経済活動を進めることで北方領土の返還を実現したい、とする。けれど焦点の島々には、現に住むロシア人の生活があり、既に多くのロシア企業が進出してもいる。経済という観点だけで打開できるとは思えない

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作家の梨木香歩さんが「私たちの星で」(岩波書店)に書いている。異質なもの同士が混じり合うとは「人から人へ、気配と呼吸を感じながら伝わっていく『営み』なのだと」。「ロシア政府は」「プーチン大統領は」といった主語の後ろから、極東で出会った人たちの息遣いが聞こえるようになった気がしている。今度の一番の収穫だと思う。

(10月2日)

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