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ロシア極東の3都市で 関係築く糸口は市民に

 日本や日本人に対して良い印象を抱いてくれている。

 先月下旬、ウラジオストク、サハリン州(旧樺太)ユジノサハリンスク、ハバロフスクを巡ったロシア極東の取材で肌身に感じた。日露戦争、第2次世界大戦、冷戦…。両国の歴史は平たんではなかったのに、と。

 日ロ両政府はいま、経済協力を進める。日本側は、平和条約締結と、択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島の返還を見ている。が、ロシア極東の地方政府の話を聞く限り、問題の解消が期待できそうな手応えは得られなかった。

 むしろロシアの人々が日本に寄せる好意を、新たな関係を築く糸口にできないだろうか。

 ウラジオストクの金角湾に「黄金橋」という大きな橋が架かっている。2012年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)に合わせて造られ、人口60万人の街のシンボルになっている。

 連邦政府はAPECを機に、1兆円超を投資した。現在も街のあちこちでインフラ整備が続き、建築中のマンションを目にする。

 対岸のルースキー島には極東連邦大学があり、若者の姿も多い。人口減少が止まらないというものの、活気が伝わってくる。

 沿海地方がロシア領になったのは19世紀の半ばにすぎない。ウラジオストクは、関税がなく、外国船舶が自由に出入りできる港町となった。早くから日本の貿易事務館(後の領事館)が置かれ、数千人の日本人が移り住んだ。

 第2次大戦後は軍事上の理由から閉鎖都市に。再び外国人に開放されたのはソ連崩壊後の1992年1月だった。こわもての軍事都市の面影は薄れている。

   <展望欠く経済協力>

 北方領土の共同経済活動を巡り日ロ首脳は9月、優先事業を海産物養殖、温室野菜栽培、観光、風力発電、ごみ減容化の5項目に絞った。日本政府は今月26日、具体化に向け、2度目の官民調査団を現地に派遣している。

 経済協力はウラジオストクでも進む。沿海地方政府によると、日ロで作業部会を設け、魚市場や医療施設の建設、道路整備といった事業を計画している。

 日本からの投資を期待する声はハバロフスクでも聞かれた。石油と天然ガスを主力とするサハリン州政府も、新たな産業の創出に意欲を示す。3都市はいずれも、外国企業を税制で優遇する経済特区に指定されていて、農林水産業、観光、食品加工といった分野で日本側の協力を望んでいる。

 択捉島や色丹島で水産加工業を営む「ギドロストロイ」の社長の話は次のような内容だった。

 北方四島には既に多数のロシア企業が進出していて、漁獲区域も割り当てられている。養殖業での日本との協力も簡単ではない。日本企業は、例えば温泉施設、飲料水の製造、ナマコの養殖を手掛けてはどうか―。

 ロシア企業が着手していない分野への進出というのは、虫のいい話にも聞こえる。北方領土については、地方政府も企業も「首脳同士の問題」と口を閉ざした。

 沿海地方とハバロフスク地方を合わせても人口は350万人ほど。サハリン州は50万人を割る。ロシア政府は北方領土も経済特区に指定し、ロシア主導で開発を図る姿勢を鮮明にしている。

 こうした状況で、どれだけの日本企業が食指を動かすだろう。ある程度、経済協力が実現したとしても、安倍晋三首相の言うような平和条約や領土の返還に結び付くのか、疑問が募る。

 滞在中、得難い体験をした。

 12歳の女の子たち、小さな娘を連れた電話会社に勤める男性、ハバロフスクの医師…。街中やシベリア鉄道の車内で、地元の人たちに声をかけられた。

 歴史・考古・民族学研究所によると、「一番親しく思う国」を聞く世論調査で、日本は1993年から常に1位に挙がる。必ずしも正確な知識に基づかないが、伝統文化や産業技術への理想的なイメージがあるという。

   <窓が再び開かれる>

 ロシア極東はもともと、先住民族、中国や朝鮮半島の人々、遠くはウクライナや北欧からの移住者らが混在してきた地域だ。西側諸国と対立するロシアの国情があるとはいえ、再びアジアへの窓として開かれようとしている。

 個と個として会話を交わした人たちの表情や声音は脳裏に焼き付き、極東の印象はがらりと変わった。領土問題を根本から解決するのもきっと、政治的な駆け引きや投資の多寡ではない。両国の市民が互いを理解しようとする先に、道筋が見えてくるのではないか。そんな気がしてならない。

(10月29日)

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