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ある高齢の女性がこれまで難なくこなしていた家事ができなくなった。だが本人は「できない」とは言わない。「家族がやらせてくれない」と言い張る。失敗すれば誰かのせいにする。「言い繕い」は認知症の人に多くみられる特徴だ

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家族がそれを否定したり失敗を指摘し正そうとしたりすれば、人格を傷つけるうえに対話の糸も断ち切ってしまう。それゆえ認知症介護の現場は工夫を重ねてきた。本人の体験を丸ごと受け入れ感情や感覚で応える。そんな共感のケアも実践されている

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法廷も工夫が必要ではないか。そう考えさせられた裁判員裁判だ。青酸化合物を使用した近畿の連続殺人である。弁護側は筧(かけひ)千佐子被告の認知症を争点にし「訴訟能力がない」と無罪を主張した。判決は「問題なし」として死刑を言い渡したが、口に砂が入ったような感覚が残る

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被告の証言は午前と午後で変わった。裁判員とのやりとりがかみ合わない。同じ話を繰り返す。一人一人の被害者と向き合うことも、なぜ殺害に至ったのか語ることもないままだった。認知症の特性を踏まえず意思疎通が目詰まりしていたのではないか

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直木賞作家黒川博行さんの小説「後妻業」は遺産狙いで高齢男性と結婚や交際を繰り返す女を描いた。筧被告に重なってみえる。同様の事件が起きる恐れは大きい。被告が言い繕っていた真実は何か。法廷での解明が防止につながったはずだ。症状が進行すればその機会も失われてしまう。

(11月9日)

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