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あすへのとびら 難病と治療法の開発 悪循環変える社会の力を

 難病には負の連鎖ががある。

 それぞれの疾患の患者数は少ない。市場が限られ、リスクを負って研究開発する製薬会社も少ない。だから難病はいつまでたっても治療法が確立しない難病であり続ける―。

 この因果を断ち切ることはできないだろうか。

 こんな思いを抱いて、実際に立ち上がった人を知った。神奈川県茅ケ崎市の篠原智昭さん(38)だ。寄付を基に患者や家族が研究者らと連携し、自ら治療法の開発を進める。その取り組みを「社会的創薬事業」と呼ぶ。

   <娘を救うために>

 「こんにちは」と話し掛けると、まばたきで返してくれた。

 篠原さんの長女七海(ななみ)ちゃん(5)は自宅のベッドで寝たきりだ。気管を切開して人工呼吸器を着けているため、声を発することができない。厚生労働省指定の難病、ミトコンドリア病の脳症を患っている。

 エネルギーをつくる細胞組織ミトコンドリアに異常があり、脳の働きに障害が起きたり、筋力が低下したりする。国内の患者数は推定5万人だ。

 生後5カ月で「余命は半年」と医師に宣告された。妻と一緒に泣き明かした。そして決めた。「このまま何もしないで死を待つことはできない。自分たちで治そう」

 とはいえ篠原さんはこの時、小学校の事務職員。何のつてもなかった。関連する文献・記事を手当たり次第探した。米国の製薬ベンチャーがこの脳症を研究し、薬の効果の試験(治験)を始めていることが分かった。

 その薬を娘に使わせてほしいとメールを送ると、社長から協力するとの返信があった。ミトコンドリア病患者の支援団体、一般社団法人「こいのぼり」が仲介し、未承認薬の投与が実現。集中治療室で意識不明の危篤状態にあった七海ちゃんは一命を取り留めた。

 ただ、薬は悪化を止める作用しかない。壊死(えし)した脳細胞は回復せず、寝たきりの状態は続く。篠原さんは今春、事務職員を辞め、こいのぼりの理事に就任。根治を目指し、七海ちゃんの名を英語にした「セブンシーズ・プロジェクト」を立ち上げた。

 ミトコンドリアは体内で根源的な役割を果たしているだけに、薬や治療法が見つかれば、さまざまな疾患に応用できる可能性を秘める。篠原さんの調査では、70近い疾患にミトコンドリアが関連していると報告されている。

 大学の医学部、薬学部、農学部、工学部の研究者らのネットワークを作り、技術の組み合わせと応用で新しい治療法の開発につなげ、特許の取得を目指す。学会を回り、現在、6大学の研究者が参加している。

 資金は公益財団法人信頼資本財団を通じ、個人や企業などから集めた寄付で賄う。特許で得た利益は次なる難病の研究に回す壮大な循環を描く。

 国の難病対策事業は、1960年代のスモン病の研究から始まった。72年、ベーチェット病などを加えた4疾患が医療費公費助成の対象になった。以来、45年。原因不明で治療法がないなどの条件を満たした難病の種類は増え続け、現在、厚労省が指定するのは330疾患に上る。

 重症度などの基準に該当し、医療費を受給する人だけで計約100万人。未認定者を含めるとこの何倍もの患者がいるとみられる。 

   <小さな命が呼ぶ>

 だが、個々の疾病で見れば、数万人規模が多い。新薬開発を阻む一因になっている。これだけ多種の難病がありながら、治療法が確立して難病でなくなった疾患は一つもない。

 指定難病が増えても国の難病研究予算は2009年度の100億円から9年間、変わっていない。

 この溝を埋めるには、製薬企業や国だけに任せず、社会で支える共助を強くしなければならない。

 米国では、ポンペ病という難病の子ども2人を持つ父親が、研究者とともに製薬会社を設立して治療薬を開発した例がある。「小さな命が呼ぶとき」の題で本や映画になっている。そこまでいかなくても患者・家族団体が多額の資金を集め、企業の創薬事業を支援するのは珍しくない。

 難病に詳しい宮坂信之東京医科歯科大名誉教授は「寄付文化や企業の社会貢献が定着していない日本では壁が厚いが、活動を広げることは必要だ」と話す。

 「私には七海を救うという強い動機がある。諦める選択肢はない」。篠原さんは断言する。

 「さようなら」。取材からの帰り際、七海ちゃんの手のひらをなでると、そっと握り返してきた。

 小さな命が呼んでいる。社会の大きな力が欲しいと。そんな気がした触れ合いだった。

(11月12日)

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